第21話 僕だけがレベルアップしない町
その後、俺たちは相変わらずの営業を続け、役人が提示したタイムリミットまであと五日と迫った。
そして日々健康診断のように皆の能力を鑑定していくうちに、いくつかの事実が判明した。
・同じものを食べてもレベルアップには個人差がある。
・同じ食べ物では、レベルアップに限界がある。
・レベルアップしても筋肉などの外観が変わらない場合もある。
・いくら食べても成長しない人間もある。
ちなみに最後の一つは俺だけに当てはまる。
この世界に来て初日に鑑てもらった結果とほとんど変わらないパラメータを見て、シュガーは落胆した様子だった。
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キュウヘイ・カラスマ
28歳 男
レベル 3 → 4
攻撃力 3 → 3
防御力 4 → 5
知力 128 → 134
体力 5 → 6
攻撃魔力 0 → 0
回復魔力 0 → 0
クラス 調理師
スキル 食道楽
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「どうしてカラスマさんだけ成長しないんですかねぇ」
イヤミな女教師に叱られている駄目な生徒の気分になってくる俺。
「あんなに、美味しい物食べてるのにおかしいですねぇ」
齢十歳でレベル15まで達したヴィネちゃんまで、出来の悪い子を見るような眼差しで俺を見る。
止めてくれ。そんな純粋な目で哀れな者を見るようにしてくれるのは。
大体普通は逆じゃ無い? こういうお話では、俺だけレベルアップして無双するんじゃないの?
まぁ現実は上手くいかないものだ。俺は気を取り直して答える。
「ま、まぁ……俺はこの町の人間じゃないからね」
「そんな事ないですよぉ。他の町から嫁いできた女の人だって、成長してたじゃないですかぁ」
この世界の人間で無い俺には作用しない。
俺にはその理由は明らかだったのだが、そんな事を打ち明ける訳にもいかなかった。たとえ言っても信じてもらえないだろう。
ひとつだけレベルアップしているが、それは美味しいものの効果というより、この世界に来て少しは運動量が増えたからだろう。お酒も飲んでないしね。
「って事は総力戦になるな」
ミソルさんが呟く。
成長に上限がある事で、俺たちの目論見は崩れた。
現時点でグルトン騎士団の個人戦闘力3000に対抗できる能力を持つのはミソルさんのみ。彼の戦闘力は3500に達しようとしていたが、他の戦士達は2000~2500程度だ。
「どうする、ギルドマスター?」
問われた俺は再度考える。
降伏閉店という弱気な考えも頭にもたげたが、ここまで頑張った以上それも悔しい限りだ。
なら、手段は一つしか無い。
「ミソルさん、『死の森』に付き合って下さい」
「なんだとぉ!?」
「求める食材が多分そこにあります。きっとそれを食べれば、騎士団とも互角に戦えるかと思うんです」
根拠は無かったが、何故か俺にはそこで獲れる食材がイメージできたのだ。
「でも無茶ですよ!」
「そうですよ。あそこには恐ろしい魔物がいるって!」
シュガーとヴィネちゃんが心配して、俺の手に取り縋る。
「だってカラスマさん、成長したといっても防御力5ですよ! 森の魔物になんて、睨まれただけで漏らしちゃうレベルですよ!」
「そうですよ! 体力も私より少ない6しか無いんですから、虚弱なお兄ちゃんは店内に引き籠もっているがいいですよ!」
わざと過激な言葉で俺を引き留めようとしてくれる女の子達。その気持ちが伝わってくる為、この時ばかりは暴言もなんだか嬉しかった。
「今回も信じていいんだな」
ミソルさんはしばらく考えた後、そう言って立ち上がった。
俺は力強く頷く。
「よし。なら食材調達の手伝いをしよう。ただし森の入り口あたりだけだぞ。奥に行くほど強い魔物がいるって噂だからな……あと、今回はこいつらは連れていかない。俺とお前と二人だけの冒険だ」
「ミソルさん!」
シュガーが涙目で止めようとするが、俺たちはもう引き下がる訳には行かなかった。
「大丈夫。もっと旨いものを手に入れてくるから、大人しく待ってるんだぞ」
頭をなでなでしながらミソルさんに言われると、もう彼女はそれ以上何も言えないようだった。
翌朝、俺とミソルさんはシュガーとヴィネちゃんお手製の梅干し・昆布・鮭という三色おにぎりを持って『死の森』に向けて出発した。
いくらミソルさんがレベルアップしたとはいえ、死の谷の魔物はそれ以上の強力さらしい。
だが俺は向かわねばならない。
『肉』を手に入れる為に。
恐怖と食欲の間で俺は武者震いしていた。




