第20話 鮭定食はじめました
「グルトン騎士団てのはなぁ、市直属のエリート部隊だ。元々凄い能力の持ち主が、王国から支給を受けた強力な武器で武装してるからな。正直、今の俺でも勝てる気がせんよ」
レベルアップしたミソルさん以上の兵士か。
「しかも、そんな奴らが三十人以上いる訳だ。今の戦力じゃ戦いにならんぜ」
「戦闘力でいえば、どれくらいなんですか?」
「一人あたま3000ってとこかしら。一度父が鑑定したことがあるんです」
シュガーが沈痛な面持ちで答える。
「どうする、マスター? 降伏するかい?」
ミソルさんはギルドに関する質問をする時だけ俺をそう呼ぶ。
「いや、もう少し考えましょう。これを食べてからでも遅くないですから」
手に持った鮭を持ち上げて、俺は無理矢理に笑顔を作ってみせた。
『鮭定食はじめました』
翌日、俺は店の前に大きな張り紙をして客達を待ち受けた。
「店主、鮭定食っていうのはなんだい? おにぎりじゃないのか?」
「鮭っていうのは魚の一種です。あれに塩を付けて火で炙ったものとご飯をお出しします。定まった献立のメニューですから『定食』って呼んでます」
「うへぇ、魚を喰えっていうのかい?……まぁでも、なんだかよく分からないが、あんたが勧めるならきっと大丈夫だろ。よし、喰ってみるかな」
「はい、ありがとうございます!」
こうして、ようやくカラスマ亭にもおにぎり以外のメニューが出来た。本来なら定食に欠かせない味噌汁がほしいところだが、今の俺には味噌はハードルが高すぎる。
あれはたしか大豆から作るのだったと思うが、まだその大豆さえ栽培できていないのだ。あぁ醤油の味が恋しい。あれも原料は大豆だったか。
「お待ちどう様です。鮭定食です。熱いから気をつけて下さいね」
慣れないお盆に茶碗に盛ったご飯と鮭の切り身を乗せて、ヴィネちゃんが給仕する。
なんと、二品以上の食べ物を同時に食べる習慣が無かったこの世界には、お盆という概念も無かったのだ。
「これがあの、川で泳いでいる魚なのかい?」
「あの姿のまま出てきたら逃げて帰ろうかと思ってたよ」
「赤い食べ物なんて、ちょっと食欲が失せるけどねぇ」
常連客達は皿に乗った鮭の切り身を見て、少々面食らったようだが、フォークを一刺ししてそれを口に運んだ。
「うめぇぇっ! なんだこりゃあぁ!」
「こりゃあすげぇや! こんなに赤いのにうまいぞ!」
「なんだよカラスマさん! まだこんな旨いもんまで隠してたのかよ!」
新メニュー『鮭定食』は大好評だった。俺は魚とはいえ、肉食が受け入れられたことに安堵した。
「鮭さんを具にした、鮭おにぎりもありますからね。お持ち帰りも出来ますよ」
すかさずシュガーが営業してくれる。
「そりゃあいいや。かみさんや子供達にも喰わせてやりたいからな。持ち帰りで三個もらおうか」
「ありがとうございます。店長、鮭おにぎり三個お持ち帰りでーす!」
テイクアウト作戦も大当たりのようだ。俺としては店も儲かり、美味しい物が普及するのは願っても無いことなのだ。万が一、市民までが戦いに巻き込まれた時に、彼らもレベルアップしていれば怪我をする可能性も減るだろうから。
「今日もお疲れ様。君たちも遠慮無く食べてくれ」
閉店後、俺は塩戦士ギルドのメンバーに鮭定食を振る舞った。これを食べたみんなが、どれだけ強くなってくれるか。それが当面最大の課題なのだ。
「いただきまーす!」
皆が手を合わせ、食材に感謝してから鮭定食をほおばる。
あまりギルドマスター風を吹かして偉ぶることはしない俺だが、この「いただきます」「ごちそうさま」の儀式だけは、ギルドメンバーのみんなにしてもらうようにお願いしていた。
なにしろ、この世界に肉食を持ち込んだのは俺なのだ。食材になった生き物に対する責任と贖罪が少しはあっても良いだろう。
「うわぁ、この塩気がご飯にぴったりだな」
「なんて言うんですか、噛む度にじゅって汁が出てきますよ。それがまた旨いのなんのって」
「マスタ-、こんなに旨いものが喰えるなら、俺一生あんたについていくよ」
「旨い」「美味しい」しか知らなかった彼らにも少しずつ語彙が増えてきて微笑ましい限りだ。
究極の肉体労働者である彼らには塩気がとても必要なのだろう。
そして一週間後、シュガーに鑑定してもらった結果は驚くべきものだった。
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ミソル・ダーイズ
37歳 男
レベル 21 → 29
攻撃力 245 → 328
防御力 207 → 284
知力 51 → 58
体力 208 → 365
攻撃魔力 0 → 0
回復魔力 0 → 0
クラス 勇士
スキル 超剣技
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「おいおい、なんだよこりゃあ! 俺の体どうなっちまったんだ!?」
自身の事ながら信じられないという様子のミソルさん。
これ以上は隠しきれないかもしれない。今後の事も考えて俺は彼とシュガー、そしてヴィネちゃんには例の仮説を説明する事にした。
「なるほどなぁ。お前さんの料理を食べて、俺はこんなになっちまったという訳か」
逞しすぎる力こぶを作りながらミソルさんが、なんとも言えない表情で呟いた。
「嬉しい反面、少し複雑だなぁ。若い頃あんなに苦労して修行してたのが無駄だったのかって気分だぜ」
なるほど禁欲的に考えればそんな風にも取られてしまうのか。
俺はなんだか申し訳無くなってしまった。これも一種のチートになるのかもしれない。
「す、すいません……」
「そんなことありません。今のレベルにまでなったのは、やっぱりミソルさんの努力と才能ですよ。だって同じものを食べてる他の戦士のみなさんは、そこまで成長した訳じゃありませんもんね」
思わず謝罪した俺にシュガーがフォローしてくれる。
確かに他の塩戦士達は良くてレベル25だった。
それでも少し前のミソルさんを上回っているのだから凄い物なのだが。
「これなら、グルトン騎士団とも互角に戦えそうだ。だが、俺はともかく他の奴らはもっと成長してもらわないとな。頼むぜ、ギルドマスター!」
鮭おにぎりを頬張りながら、戦闘リーダーに背中を叩かれて、俺は壁まですっ飛んでしまった。
なんて力だよ、おい。
お陰様でやっと20話まで来ました。
カラスマ亭編はもうちょっとだけ続きます。
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