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第19話 大聖女ナールング様

 翌日、俺たちは採った(サーモン)(便宜上そう呼ぶことにした)を5匹ほど塩漬けにし、荒巻鮭風に加工して持ち帰ることにした。


「こいつらは海で育って、産まれた川に帰ってくるんですよ。近くに川があるって聞いてピンときたんです」

「さすがは元学者の先生だ。しかし驚いたなぁ、魚って奴がこんなに旨いもんだとはなぁ。どうして今まで誰も食べなかったんだ?」

「そりゃあ、そんな事誰も考えませんもん。ミソルさんだって、昨日まで腰が引けてたじゃないですか」


 なるほど。特に禁忌という訳ではなく、想像だにしないってことか。生まれた時から、同じ食生活を繰り返していたのならそういうものかもしれない。


 帰路、そんな話をしながら歩いているうちに、俺は奇妙な事に気がついた。


「あれっ? さっきのドガチ川が海に続いているっていうのなら、洞窟なんか通らずに川伝いに海にたどり着けるんじゃないですか?」

「ところが、そうはいかないんだなぁ」


 ミソルさんが髭をさすりながら教えてくれる。


「川の下流には巨人族の生息地があるんだ。一つ目で身の丈10メートルはあるっていう、サイクロプス族って奴さ」

「あぁ、それなら知ってます」


 ゲームの知識でとは言えない。


「奴ら基本は大人しいんだが、自分達の領地を侵す者には容赦無くてな。人間を捕らえて喰うっていう話もあるんだ」


 なんと。人以外の生物には既に肉食文化があるというのか。まぁそれもおかしくはないだろう。洞窟で出会った魔犬だって、俺たちを殺して食べるつもりだったのだろうから。むしろ魔物を倒しても食べないこの世界の人間の方がおかしいのだ。


「そういう訳で、あの一帯には誰も近づかんのさ。奴ら(サイクロプス)の支配地域は川向かいにも広がっているという噂だから、実質川から西へは誰も行けないって事さね」


 北は海、西は川と巨人族(サイクロプス)の領地、南は高い山脈。俺はこのグルトン市の構造が大まかに掴めてきた気がした。

 となると、あとは東である。そのあたりの事を聞こうとしたとき、まさにその方角に見たこともない建造物が聳え立っているのが見えた。


「あ、あれはなんですか?」


 遠目にもその巨大さが分かるそれは一体いつ頃の建造物なのか、全体が緑のツタのような植物に覆われている。


「あぁ、あれか。バベルの塔だよ」

「バベルの塔? 旧約聖書の?」


 思わず口に出してから俺は口を塞ぐ。

 幸いミソルさんは聞き流してくれたようだ。


「二年ほど前に突如発見された謎の塔だよ。あの辺り一帯は一年中霧に覆われた『死の森』って言われてるんだが、ある日突然その霧が晴れて姿を現したってわけさ」

「いつ頃からあるんですか?」

「さぁな。死の森には俺の知る限り誰も立ち入った事が無かったから、いつ建造されたのか想像もできない。まぁ、あの朽ち果て具合を見れば、数百年は前だろうな」


 ミソルさんの言うとおり、あの巨大な建造物が植物に完全に覆われるにはそれくらいかかる気がする。


「今も誰も調査とかはしていないんですか?」

「してないよ。いくら霧が晴れたって言っても、死の森は死の森だからな。北の洞窟のあいつらなんて比べものにならない魔物がわんさかいるんだぜ」


 ということは、この町は四方をなんらかの障壁で囲まれているわけか。


「ってことは、町を出る時はどこから?」

「南の山の間に、一本だけ比較的緩やかな山道があるの。そこを通ると隣のブオノ村に出られるわ」


 黙って話を聞いていたシュガーが割って入る。


「私の友達もそこに住んでいて……ほら、カラスマさんと出会った時もそこからの帰りだったの」


 なるほど完全に閉ざされた世界という訳では無いらしい。


「でもよく、死の森やら巨人族やら魔物の住む洞窟やらに囲まれて、町に魔物が入ってこないもんだね」

「それはですね。聖女様が守って下さってるんです」


 シュガーが指を一本ピンと立てて、まるで自分のことのように自慢げに話す。


「このグルトン市も所属するセボン王国所属の、大聖女ナールング様が町の周りに結界を張って下さっているんですよ」


「ほぇぇ……」


 大聖女。これはまたスゴいパワーワードが出てきたものだ。


「大聖女様は、この町だけで無く、セボン王国全ての都市や村の平和を維持されておられるのです。私たちが日々の糧を得られるのもナールング様のおかげなのですよ」


 なるほど。この世界にはぶっ壊れた能力の持ち主もいるようだ。実にファンタジーらしいけど、鑑定してみたらどれくらいの魔力が現れるんだろう。カンストしていて、シュガーちゃんのお尻にまで999が続いてたりして。 


 そんな風に少しよこしまな想像を交えつつも、この世界について色々と教えてもらいながら、俺たちは無事カラスマ亭に戻ることができた。


「マスター! 大変(てぇへん)ですっ!」


 店に入るなり、ギルドの若い衆が俺たちに駆け寄ってきた。手には丸められた羊皮紙を持っている。


「昨日、この間の役人がもう一度来て、置いていったんでさぁ」


 俺はそれを受け取り、ミソルさんとシュガーと一緒に読む。書状にはこう書かれていた。


「二週間後にもう一度訪問する。それまでに必ず店を閉め、廃業しておくように。命令に背いた場合は、グルトン騎士団による実力行使を執行する」


 ご丁寧にグルトン市の市長の印まで押してある。


騎士団(あいつら)かぁ……こりゃあちょっとまずいぜ」


 ミソルさんがいつになく重い口調で言った。


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