第18話 禁断の食材
狩猟の無いこの世界では、網といえば魔物を捕獲する丈夫で超大型のものしか無いらしく、漁業用の網を用意してもらうのは一苦労だった。
それでもミソルさんご用達の道具屋の店主と相談の上、オーダーメイドで作ってもらい、俺はなんとかそれを手に入れる事が出来た。
目指すは西にあるというドガチ川だ。俺たちは二度目の冒険に出ることになった。
とはいえ前回の冒険とは違い、危険が無いために今度は本当にハイキング気分で、シュガーとヴィネちゃんに至っては手を繋いで歌を歌いながら歩く始末だ。
なんだか小学校の引率の先生の気分になってくる俺。
辿り着いたドガチ川は十数メートルの水幅で美しい水の流れを湛えていた。
北の洞窟の先にある海からは数キロといったところだろうか。ならば上手くいけばアレに似た魚がいる筈だ。
「あっ! 可愛いお魚さんですよぉ!」
ヴィネちゃんが水の中を指さしてはしゃぐ。
俺の予測は的中した。
橋から見下ろした水中には、受け口の銀色の魚。
尾びれに近い背の部分についている『脂ビレ』がマス科の特徴であるのを、一時期釣りマンガにハマっていた俺は覚えていた。
「あの魚を捕ります」
「げっ!」
「ま、まさか……食べるって言うんじゃないでしょうね……」
ヴィネちゃんに川岸でたき火を作るのをお願いし、嫌がる二人を無理矢理川に連れ込む。
ちなみに順調にレベルアップしているヴィネちゃんは、簡単な火魔法なら使えるようになっていたので、火を起こすのはお手の物だ。
三人のチームワークで網を仕掛けるが、素人仕事ではなかなか捕まえることができない。
ミソルさんとシュガーの腰が引けているのだから尚更だ。
「もうちょっとやる気を出して下さいよ」
「だってよぉ、これを喰おうっていうんだろ? 俺は気が乗らないねぇ」
「ね、ねぇ、さすがにやめとかない? こんなに可愛いのに……」
「駄目です。カラスマ亭の将来がかかってるんですから」
一向に魚は捕れず、次第に日も暮れかけてきた頃、いきなり川岸から怒号が聞こえた。
「なにをちんたらしてやがるのですか! さっさと食べるものを取ってくるのです!」
最初、誰が発したのか分からなかったが、俺はすぐに出会ったときのヴィネちゃんを思い出した。
「このままじゃ、飢え死にするですよ! しゃきっと働くです!」
「は、はいっ!」
空腹時のヴィネちゃんの変貌を知らなかったミソルさんとシュガーは驚いて、たちまち機敏に作業を開始する。
なんだか恐ろしい幼女主人にこき使われる奴隷の気分になってきたが、それもまぁご褒美ということにしておこう。
やがてその甲斐もあって俺たちはようやく一匹の鮭っぽい魚を獲る事ができた。
ぴちぴち飛び跳ねる魚を、まな板代わりの鉄板(ちなみにこれはプレートメイルの前当てだ)に乗せると、ミソルさんとシュガーは気味悪がって少し離れた場所で見ている。
ヴィネちゃんだけは、ガルルーなどとくぐもった声を発しながら俺の傍で虎視眈々と魚を狙っていた。
「うーん、このあたりかな?」
俺は手を合わせて魚に一礼すると、ナイフで頭部を突き刺した。
「ぎゃーっ!」
後ろで二人が抱き合って悲鳴を上げる。
「お、お前……顔に似合わず、酷いことするな」
「あたし、そんなの絶対食べないからね!」
酷い言われようだが、きっと一口食せば気も変わるだろう。
俺はみようみまねで魚を捌いていく。
「これくらいかな……塩って保存料にもなるんだよな」
切り身に塩を揉み込み、串に刺すと、獲ったばかりの切り身を直火で焼いていく。
生のまま食べようとするヴィネちゃんを押さえつけるのが大変だ。
「こ、この匂い……」
しばらくは恐ろしい物でも見るようにしていた二人だったが、やはり俺同様に食いしん坊である。魚から良い匂いの煙が上がってくると、二人は段々とたき火のそばにやってきた。
「ほ、本当に食べられるのか? 今まで生きていたんだぞ」
やはりこの世界には生き物を食べるという食文化自体が無いらしい。だが、生物を殺して食べるという行為自体には思ったほど抵抗が無いようだった。
「この殺魚者~!!」とか糾弾されて町を追い出されたらどうしようかと思った。
「大丈夫ですよ。私の国では当たり前のことです。ただし、食材に敬意を払って感謝して食べることが条件です」
俺は焼き魚の切り身の前で『いただきます』と合掌し、ふーふーしてから、ヴィネちゃんと共に頬張った。
「う……うおぉぉっっ!!」
「ん……んあぁぁぁっ!!」
言葉にならなかった。
この世界に来て約二ヶ月。ほとんど炭水化物しか食べていなかったのだ。久方ぶりに動物性タンパク質を摂取した俺の体は喜びに震え上がった。
「うまーいっ!!」
「おいしぃですぅ!」
やばい。シュガーちゃんの謎の喜びの踊りを踊ってしまいそうだ。っていうか踊っていた。
原始的本能だろうか。俺は串を持ったままたき火の回りで踊っては一口食し、一口食べては踊って喜びを表現した。ヴィネちゃんもつられて踊り出す始末だ。
「も、もうたまりません!」
意外なことに、次に魚食に挑戦したのはシュガーだった。彼女は一串手に取ると、目を瞑ってそれを見ないようにしながら口に含む。
「な、なにこれ……」
目から涙がこぼれ落ちる。
「おいしすぎて死にそう!」
一息に食べきって本家喜びの舞を踊るシュガーちゃん。
その舞がミソルさんをも引きつけるのは当然だった。
「な、なんちゅうもんを食わしてくれたんや!」
考えてみれば、彼らは初めて脂分というのを取得したのかもしれない。現代人からすると一年間精進料理を食べ続けたあと、突如神戸ビーフのステーキを出されたのを何百倍にもした感じだろうか。脂油分でお腹壊さなければいいけど。
「もっと焼いて! もっと食べたぁい!」
「うめぇ! やっぱお前は悪魔の使いだよ。もう今までのメシなんか食えねぇぞ」
「もっと採ってきやがり下さい!」
「おぉ! 川中の魚を取り尽くすぞ!」
俺たちはそのまま四人で、串を持ちながらたき火を取り囲んで廻るという、謎の踊りを一晩繰り広げたのだった。
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