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第16話 最強の常連客達

「ど、どういうことですか?」

「そうですよ。私達はただおにぎりを食べてもらって、お代をもらってるだけですよ」

「それが違反だというのだ」


 蛇のような目をした役人は居丈高に述べ始めた。


「昨今、この店に入り浸って食などという快楽に身を委ね、日々の勤労がおろそかになっている市民が目立っているという通報があったのだ。これは明確に市に対する反逆行為である」


「そんな滅茶苦茶な」

「本来食というものは、ただ空腹を満たして栄養が摂取できれば良いのだ。それをこんな風に小手先の技術で人民を惑わせおって……」


 役人は苦々しそうな顔で一気に語り終えると、テーブルに乗っている他の客のおにぎりを手に取った。


「あっ、それは他のお客様の……」

「うるさい小娘!」


 ヴィネちゃんの制止にも関わらず、役人はそのおにぎりを口に運ぶ。


「大切な米をこんな風にするなど、なんのつもりだ……んっ!?」


 だが、一口食した役人の顔がみるみる変化する。


「た、ただ米を握っただけではないか……んんっ?! 中に入っているのはなんだ!?」「はぁ、そいつは梅って奴でして、梅の実を塩に漬けたものです」

「梅? 塩? 何を言っておる! このような人心を惑わす食べ物を提供するなんぞ……」

 役人はそういいながら、別のおにぎりを手に取って囓る。


「こ、今度はなんだ! このうま……いや、この珍妙な味は!」

「それは昆布です。海から採ってきた海藻を塩で炊いたものです」


 おっ、いい感じだぞ。これはグルメマンガでよくある『美味しい物を食べて円満解決』ってパターンじゃないか。

 俺は気をよくして、他の兵士にもおにぎりを勧めようとした。


「宜しければ、そちらの兵士様もどうですか。試食として無料にしておきますよ」

「ほ、本当か!?」


 既に涎を垂らしていた彼らは、食べていいですかという表情で役人(じょうし)を一斉に見つめた。


「いかんいかん! 貴様ら、この店主を引っ捕らえろ!」


 やはりマンガのようには上手くいかないか。

 兵士達は不満そうにしながらも、職務に忠実に俺に向かって歩みを進めてきた。


「おい、こいつに手を出すな。うちのギルドマスターなんでね」


 そこに頼りになる男、ミソルさんが立ちはだかる。


「気を付けて下さい。戦闘力500はありますよ」


 シュガーが即座に鑑定する。流石に市所属(おかかえ)の兵士だ。ミソルさんでも数人相手に勝てるだろうか……。

 それに彼らだって仕事でやっているだけなのだ。誰にも怪我はさせたくない。俺が自首しようか迷っているその時、思いも寄らぬ援軍が現れた。


「ちょっと待って下さいよ」


 立ち上がったのは先ほど役人におにぎりを取られた客だ。ほぼ毎日来てくれる彼の顔を俺はよく覚えていた。


「そうですよ。カラスマさんは何もしちゃいねぇ。捕らえるなら、俺たちも全員同罪だぜ」


他の客まで立ち上がる。


「このおにぎりが食べられなくなるなんて我慢できないよ」

「どうしてもって言うなら、俺たちにも考えがあるぜ」

「みんなでカラスマ亭を守ろうぜ」

「おぉっ!」


 二十人はいる客達が立ち上がり、流石の役人も狼狽し始める。


「や、やはりこの店は人の心をおかしくさせるようだ。兵士達、かまわんから逆らう奴は皆ひっ捕らえてしまえ!」


 店主冥利に尽きるが、結果は悪い方に出てしまった。俺はみんなを止めようとするが、先に短気な客達が兵士に襲いかかってしまう。

 無理だ。訓練された屈強な兵士に一介の市民が敵う筈が……あれっ?


「なんだ、こいつらえらく弱いぞ」


 見れば、常連客のパンチ一発を食らった兵士は店の外まで転がるように吹っ飛んでいた。

 何が起こったのか分からず、俺もみんなも殴った客さえもポカーンと口を開けている。

 そんな中、真っ先に立ち直ったのは役人だった。

 きっと恐怖心にかられたのだろう。


「貴様らあくまでも逆らうのか! よかろう、剣の使用を許可する!」

「ま、待て! 俺の客に手を出すと許さんぞ!」


 だが先ほどやられた仲間を見て彼らも気が動転しているのか、俺が止めに入ろうとしたその前に、兵士が剣を抜いて客達に斬りかかってしまった。


「なんだよ、その動き」


 ところが当の客、それも初老の男は兵士の剣をひらりと避けると、掌底打ちのように彼の鎧の腰部分を軽く押した。


「ぐへぇぇっ!!」


 たちまち鎧にひびが入り、獣のような声を上げて兵士が腹を押さえて床に膝をつく。


「おやあっ? しらんあいだに体が動いちまったなぁ。あんた大丈夫か?」


 倒れた兵士はもう気を失っているようだ。


「うぉぉっ!!」

「カラスマ亭をまもれぇっ!!」


 そこからはもう無茶苦茶だった。客達の意外な強さに怯えた兵士達は次々と剣を振りかざして非武装の客達に遅いかかかる。

 だが戦闘の訓練などしたこともない客達はその攻撃をさらりと躱し、カウンターのグーパンチや軽い蹴り一つで彼らをすっ転がしてしまう。


「お、お前ら! こんなことをして只で済むとは思っていないだろうな!」


 一人後方で蒼くなりながらその様子を見ていた役人は、とうとう捨て台詞を残して兵士達と共に退散してしまった。


「やったぁ! カラスマ亭を守ったぞ!」

「すげぇぜカラスマさん!」

「塩にぎり、ばんざぁい!」


 何もしていない俺は客達に胴上げされながら、狐につままれた気分だった。


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