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第13話 空腹孤児ヴィネガーちゃん

「すみません。すみません。あいすみません。」


 何度も何度も土下座しそうな勢いで謝罪するその子供を前に、俺とシュガーは顔を見合わせた。


「申し訳ありませんでしたっ!」


 90度のおじぎ。

 薄毛の方でしたら罰ゲームになりそうなほどの角度で彼女は頭を下げている。


「い、いやもういいから」

「気にしないで。お腹すいてたんだよね」


 初日閉店後の深夜、シュガー宅に戻った俺たちを尋ねてきたのは、昼間つまみ食いをしていたあの子供だった。


「あ、あたし、お腹が空くと我を忘れてしまうんです。こうやって満腹になると冷静になって、罪の意識に堪えられなくなるんですけど……」


 聞けばその子の名は、ヴィネガー・サクサン。

 生まれながらの孤児ということで正確な年齢は分からないと語ったが、恐らく十歳程度であろう。


「幼い頃は食べるものがあんまり無くって……今でもお腹が空くと、道に落ちてるものでも人様のものでも、気がつくと食べてしまうんです……本当に本当にごめんなさいっ!」


 今でも十分に幼いヴィネガーちゃんのそんな告白を聞いて、それでもどうかしようなんて大人はいないだろう。

 シュガーなんて、もう目に涙を浮かべている。


「そう。苦労してきたのね……あっ、カラスマさん! この子カラスマ亭で雇ってあげたら!?」

「おぉっ! いい考えだね!」


 児童労働という犯罪めいた言葉が頭にこびりついた現代人の俺には考えつかなかった。どうかなと俺が問うと、ヴィネガーちゃんは一も二もなく頷いた。


「そ、そんな僥倖! 本当にいいんですか!」


 微妙に言葉遣いの古くさい子だ。


「あぁ。君にはおにぎりを握る仕事をしてもらおうかな。ごはんを木枠に入れて軽く握るだけだから簡単だよ。お客さんだって、可愛い女の子に握られたおにぎりの方がいいだろうしね」

「ミソルさん、力余ってがちがちにしちゃう時がありますもんね」

「あれはもう岩だね。岩にぎり」


 俺たちが笑い合う様子をヴィネガーちゃんは嬉しそうに見ている。


「お二人とも仲がいいんですね」

「そうかな? 普通だと思うけど」

「そんな事ないですよ。大人の男女で、そんなに楽しそうに話す人みたことないですもん」


 俺とシュガーは再び微妙な表情で顔を見合わせた。

 この子はこの年できっと大変な苦労をしてきたんだろう。

 シュガーがヴィネガーちゃんを抱きしめる。


「おっ、ちょっと匂うぞ」

「ご、ごめんなさい! しばらくお風呂に入っていなくて……」

「どれくらい?」

「……お月様が満月になって欠けるのを、五回くらい繰り返す前に入った記憶が……」

「な、なるほどね。でも、うちで働くと決まれば、体を綺麗にしなくちゃね。お姉ちゃんと一緒にお風呂入ろうか?」

「い、いいいんですかっ!?」

「もちろんっ!」


「ほら、頭を洗ってあげようね。綺麗な髪だねぇ」

「恥ずかしいです……シュガーさんのお肌もとってもつるつるしてます」

「ヴィネちゃんの若さには負けちゃうわよ。じゃあ背中流してあげようね」

「いやっ! くすぐったいですぅ!」


 一人リビングに残された俺は、風呂場から聞こえる二人のきゃっきゃうふふな声を聞きながら、この世界も満更じゃないなと感じ始めていた。

 でもなに? この父性愛っぽい気分。まだまだ恋愛もしてみたい年頃(28)の俺は少し複雑な気分だった。


「私のお古だけど、どうかな?」


 風呂場から上がってきたヴィネガーちゃんを見て俺は驚いた。

 汚れてクシャクシャに乱れていた金色の長い髪はしっかりと櫛を通され、美しいストレートになって天使の輪が出来ている。

 黒ずんでいた顔や素肌は石鹸で綺麗に洗われて真っ白に輝いており、まるで高級なシルクの様だ。

 そして綺麗にアイロンの効いた、水色のセーラーワンピ風の衣裳を着せられた彼女は、恥ずかしそうにモジモジと佇んでいる。


 なんだ只の天使か。


「こんな、綺麗なお洋服初めてです。ありがとうお姉ちゃん」

「あぁ、もう可愛すぎるぅ!」


シュガーがヴィネガーちゃんをぎゅっと抱きしめる。


「今夜は一緒に寝ようか」

「う、うん!」


 なんだかそろそろ疎外感を覚え始める俺。


「あっ、でもその前に一つだけさせてくれる」

「何ですか?」

「実はね、お姉ちゃん鑑定士なの」

「えっ! そうだったんですか。てっきり私、プラカード屋さんかと」


 なんだその商売。ニッチすぎるだろ。


「あれは、世を忍ぶ仮の姿なの。じゃあちょっとだけ自然に立っていてくれる? ヴィネちゃんの能力を鑑定してみるね」

「あたし、こんなの初めてです。胸がきゅんきゅんしちゃう」


 どこまでもなんだか古くさい表現のヴィネガーちゃん。

 シュガーが彼女の前で杖を掲げた。


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