表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/60

第12話 カラスマ亭開店

 かくして俺たちは、この世界で初めての食品店『カラスマ亭』を立ち上げることになった。


 丁度シュガーの家の隣に空いていた小さな空き家を僅かな銀貨で借り、見よう見まねの竈を用意する。

 商品であるから、同じ大きさで且つ衛生的に握れるように、△の形をした木枠も用意した。


 釜の形や水加減火加減も大分つかめてきた俺は、開店前日に『梅おにぎり』の試食会を開く事にした。


「で、その塩に漬けたものを握り飯の中に入れるっていうのか?」

「どきどきしますね。どんな味なんですか?」


 出来れば紫蘇もほしかったが今回は仕方無い。俺はまず初めに毒味するように梅おにぎりをかじった。


「ひょぇーっ!」


 しばらく酸っぱいという味覚を忘れていた俺の口がすぼまる。

 しかしなんと懐かしい味であろうか。


「んっーーーっ!!」

「おへぇぇぇっ!!」


「なんですかこの味!?」


 シュガーが口を老婆のようにして尋ねる。


「それは、酸っぱいっていう味覚だよ。体にもいいんだよ」

「こんな食い物は初めてだが、面白いもんだな。握り飯によく合うぜ」


 そりゃあ、古来から日本人が一番食べてきたおにぎりの具だ(最近はツナマヨのようだが)。合わない筈が無い。


「ですねぇ。最初はちょっと変な味だと思いましたが、どんどんご飯が進みますよ」


 二つ目をぺろりと平らげるシュガー。


「それで、この梅入りと、塩だけのものを二種類売ろうと思うんですよ。もちろん中の具はまだまだ開発していきますけど」

「いいんじゃないか。流石に塩だけではそのうち飽きられるかもと思ったが、これなら安泰だ」

「いけますよ! これは売れますよ!」


 三つ目を頬張るシュガーのお墨付きまで頂く事ができた。



 そして開店の日がやってきた。

 食べ物販売店。食の素材を売る店もほとんどないこの世界で初の試みである。

 俺はこの時まだ不安だったのだが、既に『塩』の噂は近辺に広まっていたのだ。


「最後尾、こちらでーす!」


『カラスマ亭のおにぎりは、こちらからお並び下さい』と書かれたプラカードを持ったシュガーが長蛇の列の整理をしてくれる。


 俺とミソルさんは、次々と押し寄せる客の波に対応することに必死だった。


「塩にぎりと梅にぎり十個ずつくれ!」

「おい、一人でそんなに買うなんてずるいぞ!」

「押さないで下さい! お一人三個までとさせて頂いております!」


 コミケの人気サークルみたいになってくるカラスマ亭。そういえば店名もそれっぽい。


「銅貨が足りません!」

「ちょっと他の店にいってくずしてきて」

「できれば釣り銭の無いようにお願いします!」


 ますますそれっぽい。


「次の釜、炊いてくれ!」

「この分じゃ梅干しなくなっちゃうよ!」

「シュガー! 暇ならおにぎり握ってくれ!」

「駄目ですよ! 行列の整理でいっぱいいっぱいです!」


 まさに猫の手も借りたい状態だ。

 そんな戦争のような最中、俺は握った筈のおにぎりが消えている事に気がついた。


「あれ? ここに並べたおにぎり知らないですか?」

「見てねぇよ。 おい、塩と梅二十個ずつ追加だ!」

「はいはーい!」


 疲れてきているのかもしれないと釜を見に行った俺は、そこで消えたおにぎりの謎にいきついた。

 あっさりと。


「がつがつ! むしゃむしゃ!」


 何か小型の生物がおにぎりをつまみぐいしている。

 そいつは俺に見つかった事にも気がつかず、両手に持ったおにぎりを一心不乱に喰らっていた。


「あのぉ、盗み食いさんですか?」


 気の弱い俺は恐る恐る声を掛けてみる。まぁいざとなればミソルさんがいるから問題無いだろう。

 ところが返ってきた返事は意外なものだった。


「うるさいです。今、食事中なのです」


 高くて可愛い声。

 服も顔も汚れていて判然としないが、子供、それも女の子だろう。


「で、ですよね。じゃ、じゃあ、後でお話を」


 そこまで清々しく言われては追い出す事も出来ない。

 俺は腹を立てることも忘れて、釜からご飯を取り出すとミソルさんに持っていった。


「どうした。何かあったか?」

「いや、只の文字通りの餓鬼でした」

「なんだそりゃ?」


 こうしてカラスマ亭は初日、合計千個近くのおにぎりを売り尽くし、洋々たる船出に成功したのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ