第12話 カラスマ亭開店
かくして俺たちは、この世界で初めての食品店『カラスマ亭』を立ち上げることになった。
丁度シュガーの家の隣に空いていた小さな空き家を僅かな銀貨で借り、見よう見まねの竈を用意する。
商品であるから、同じ大きさで且つ衛生的に握れるように、△の形をした木枠も用意した。
釜の形や水加減火加減も大分つかめてきた俺は、開店前日に『梅おにぎり』の試食会を開く事にした。
「で、その塩に漬けたものを握り飯の中に入れるっていうのか?」
「どきどきしますね。どんな味なんですか?」
出来れば紫蘇もほしかったが今回は仕方無い。俺はまず初めに毒味するように梅おにぎりをかじった。
「ひょぇーっ!」
しばらく酸っぱいという味覚を忘れていた俺の口がすぼまる。
しかしなんと懐かしい味であろうか。
「んっーーーっ!!」
「おへぇぇぇっ!!」
「なんですかこの味!?」
シュガーが口を老婆のようにして尋ねる。
「それは、酸っぱいっていう味覚だよ。体にもいいんだよ」
「こんな食い物は初めてだが、面白いもんだな。握り飯によく合うぜ」
そりゃあ、古来から日本人が一番食べてきたおにぎりの具だ(最近はツナマヨのようだが)。合わない筈が無い。
「ですねぇ。最初はちょっと変な味だと思いましたが、どんどんご飯が進みますよ」
二つ目をぺろりと平らげるシュガー。
「それで、この梅入りと、塩だけのものを二種類売ろうと思うんですよ。もちろん中の具はまだまだ開発していきますけど」
「いいんじゃないか。流石に塩だけではそのうち飽きられるかもと思ったが、これなら安泰だ」
「いけますよ! これは売れますよ!」
三つ目を頬張るシュガーのお墨付きまで頂く事ができた。
そして開店の日がやってきた。
食べ物販売店。食の素材を売る店もほとんどないこの世界で初の試みである。
俺はこの時まだ不安だったのだが、既に『塩』の噂は近辺に広まっていたのだ。
「最後尾、こちらでーす!」
『カラスマ亭のおにぎりは、こちらからお並び下さい』と書かれたプラカードを持ったシュガーが長蛇の列の整理をしてくれる。
俺とミソルさんは、次々と押し寄せる客の波に対応することに必死だった。
「塩にぎりと梅にぎり十個ずつくれ!」
「おい、一人でそんなに買うなんてずるいぞ!」
「押さないで下さい! お一人三個までとさせて頂いております!」
コミケの人気サークルみたいになってくるカラスマ亭。そういえば店名もそれっぽい。
「銅貨が足りません!」
「ちょっと他の店にいってくずしてきて」
「できれば釣り銭の無いようにお願いします!」
ますますそれっぽい。
「次の釜、炊いてくれ!」
「この分じゃ梅干しなくなっちゃうよ!」
「シュガー! 暇ならおにぎり握ってくれ!」
「駄目ですよ! 行列の整理でいっぱいいっぱいです!」
まさに猫の手も借りたい状態だ。
そんな戦争のような最中、俺は握った筈のおにぎりが消えている事に気がついた。
「あれ? ここに並べたおにぎり知らないですか?」
「見てねぇよ。 おい、塩と梅二十個ずつ追加だ!」
「はいはーい!」
疲れてきているのかもしれないと釜を見に行った俺は、そこで消えたおにぎりの謎にいきついた。
あっさりと。
「がつがつ! むしゃむしゃ!」
何か小型の生物がおにぎりをつまみぐいしている。
そいつは俺に見つかった事にも気がつかず、両手に持ったおにぎりを一心不乱に喰らっていた。
「あのぉ、盗み食いさんですか?」
気の弱い俺は恐る恐る声を掛けてみる。まぁいざとなればミソルさんがいるから問題無いだろう。
ところが返ってきた返事は意外なものだった。
「うるさいです。今、食事中なのです」
高くて可愛い声。
服も顔も汚れていて判然としないが、子供、それも女の子だろう。
「で、ですよね。じゃ、じゃあ、後でお話を」
そこまで清々しく言われては追い出す事も出来ない。
俺は腹を立てることも忘れて、釜からご飯を取り出すとミソルさんに持っていった。
「どうした。何かあったか?」
「いや、只の文字通りの餓鬼でした」
「なんだそりゃ?」
こうしてカラスマ亭は初日、合計千個近くのおにぎりを売り尽くし、洋々たる船出に成功したのだった。




