こがらしのほこり
これは私が、知り合いの風からきいた話です。
ある年のこと。
「もう冬なのですね、こがらしさん」
と、大きなくすのきが、通りかかったこがらしへ話かけました。
「わたし、冬がきらいじゃないんですよ」
くすのきはのんびりとそんなことを言います。暑さにあえぐことも寒さにふるえることもない、大地にどっしりと根をおろしている木でした。
「……あなたはそうかもしれませんね」
こがらしはちょっと足を止め、こたえました。
「でも、みんながあなたのように暮らせるわけでもないでしょう?冬になったらこごえてしまう鳥や、葉っぱを手ばなすしかない木は、今の言葉に腹を立てるんじゃないですか?」
かるく頭を下げ、こがらしは先へすすもうとしました。
「こがらしさん、あなたはどうなんですか?」
くすのきはもう一度、声をかけてきました。こがらしはふしぎそうにふりかえりました。
何をきかれたのか、よくわかりません。
「いえね。ちょっと前まであなた、時々なみだぐんだりしてましたよね?ひょっとすると冬がきらいで、なのにそのきらいな季節をつれてくるのがお仕事で、本当はとてもつらいんじゃないのかな、と。いやその、大きなお世話なんですけどね、わたし前からそれがちょっと、気になっていまして……」
こがらしはおどろきました。
神さまから『こがらし』を務めるよう命じられたばかりのころ、こがらしはこの仕事がいやでたまりませんでした。
こがらしが歩くと、みんな顔をそむけます。たとえそれまで楽しそうにわらいあっていても、こがらしがあらわれたとたん、だれもが顔をこわばらせ、にげるようにいなくなるのです。
なかでも葉をおとす木々の様子に、こがらしのきもちはくらくなりました。
そういう木はこがらしが来ると、みんな大あわてで葉を手ばなします。
こわいみたいに手ばなします。
手ばなされた葉っぱたちは茶色くかわき、こがらしのまわりでかさこそ音を立て、舞います。
自分が来なければ葉を手ばなすこともないんだろうな、と、そんなことも思いました。
小さいころからこがらしは、風だけでなくいろいろな動物や植物と友だちになりたいと夢見ていました。
でも、二年、三年……とたつうちに、その夢をあきらめてしまいました。
お仕事をきちんと務める、今はただそれだけを考えることにしたのです。
そう決めてからもうずいぶんになります。
そもそも『こがらし』の顔なんて、だれもが覚えてやしないだろうと思いこんでいました。
「そんな……前から。ぼくのことを気にかけてくれていたのですか?」
今度はくすのきがふしぎそうでした。
「だって。あなたは毎年、来てるじゃないですか。顔みしりなんですから、気にかけるでしょう?」
その言葉をきいたとたん、こがらしの胸はじわんとあたたかくなりました。
冬の空気が、自分の心までこごえさせていたことをその時はじめて、こがらしは気付きました。
そんなことがあってしばらくたったころ。
「ちょっとお話ししてもいいですか?」
と、メタセコイヤが話しかけてきました。
「実はぼく、前からこがらしさんにお礼を言わせてもらいたいなって思っていて……」
「お礼?」
思いがけない言葉に、こがらしは首をかしげました。
「ええ。冬の支度のことなんです」
メタセコイヤはちょっとはずかしそうです。
「ぼくらは冬に葉をおとすんですけど、おひさまの光をあびてる方がすきだからつい、ぐずぐずしちゃって。早く冬の支度をした方がいいってわかってても、自分だけだとなかなかできないんです。でも、そんな時にこがらしさんがいらっしゃるとぼくらははっとして、やっと本気で冬の支度をはじめられるんですよ」
メタセコイヤは、こがらしをまっすぐ見つめます。
「ありがたいと思っています。おかげで春に、元気な新しい芽を出せます。こがらしさん、いつもちゃんと来て下さって、本当にありがとうございます」
きびしい季節を知らせる、みんなからいやがられるだけの仕事。
それが『こがらし』だと、彼はずっと思ってきました。……でも。
こがらしの目に、茶色くかわいた葉っぱたちがくるくるまわって消え……春の明るい日ざしの中、きみどり色の葉っぱの赤ちゃんたちがえだですやすやねむっている、そんな風景が見えました。
「……こがらしさん?」
だまってしまったこがらしへ、メタセコイヤは心配そうによびかけてきました。我にかえり、こがらしはほほえみます。
「いや。お礼を言わなきゃならないのは多分、ぼくの方だよ。……ありがとう」
今日もこがらしは歩きます。こがらしが歩くと、あたりはつめたい灰色にしずみます。
だけどこがらしの胸の中は、ほんのり火がともったようにあたたかでした。
『風の第一番目のお役目は、みんなに季節を知らせること』
生まれたころから教わる、風ならだれでも知っている、大切な言葉です。
今、こがらしはその大切な言葉を、心の底から信じられるようになりました。
《おわり》