第4話 「予告編を見ながら人生を考える」
スクリーンには予告編が映し出されていた。
場所は映画館。三番スクリーン。
さっきも予告編だった。次も予告編だろう。その次の次も予告編だろう。
いつになったら本編が始まるのか。
冷めた湯を首筋に垂らされるような不快感。
金曜日の夜は映画館に行くことが多い。
仕事も少し早く終わるし、会員割引があるからだ。
帰り道の途中にある映画館はいつも人がいない。
夜8時からのレイトショーだからというわけでもない。
今日も僕の他には三人だけだった。若いカップルと既に寝始めている白髪の男性。
芸術である映画を鑑賞しに来たという印象ではない。
映画を見るとき、前のほうに席を取る。
視力が悪いわけではないが、できるだけ画面を大きく見たいからだ。
美しいものには見上げるにかぎるというのが僕の持論だ。
今回の映画は中年の奪還屋と少女の話だ。
主演の少女がとても美しい。
それにしても予告編が長過ぎる。そもそも最近の予告編は全て見ている。どんなに凝った映像でも何度も見ると飽きる。おまけに今日だけでも予告編は同じものが繰り返されている。
「全米第1位」も「この夏最高のラブストーリー」もさっき見た。
「構想10年」も「伝説のベストセラー」も「映像化不可能」もだ。
「奇跡の映画化」は3回目だ。
「こいつ、さっきも見たな」
隣に座った高塔が呟いた。ポップコーンをかじっている。予告編の段階でそんなに食ってっどうするんだ。
「たしかにアダム・ドライバーはさっきも出てた」
「これで3作目だな」
別の作品に出ているのはいいんだよ。
「それだけ演技の幅が広いってことだからな」
でも、さっきからドウェイン・ジョンソン主役映画の予告編ばかり見ている気がする。
「クリス・プラットとブラッドピットも2作品目だな」
「数えなくていいから」
「ブラッドピットはデッドプールの2作目にも出ている」
「それ、ネタバレだし」
高塔はため息をついた。
「しかし、この席、首が痛くならないか」
「ここがいいんだよ。B列の6番。指定席だ」
「いつもD席と聞き間違えられるくせに?」
「それも含めてお約束だ」
誰にも邪魔されずに画面に集中できるのがいいんだよ。
「じゃあ、後ろは見るなよ。あのカップル、やり始めてる」
「え」
「だから振り向くなって」
高塔は僕の耳を掴んで強引に前に向けた。
「うお、すげえ。あ、あの爺さんも起きて見てる。抜け目ねえな」
「……気になる」
「お前は画面に集中しろ。映画を観に来ているんだろ。公開ポルノじゃない」
「でも、気になる」
俺はもっと近くで見てくるよ。
そう言って高塔は座席の背もたれの上に立った。
「行儀が悪いぞ」
「いいんだよ、どうせ誰も見てねえし。」
そういうなり、奴は背もたれの上を器用に飛び跳ねて行った。
昔、ジャミロクワイのPVであんなのあったな。
そう思ったが、黙っておいた。
画面を見上げる。
相変わらず予告編が続く。アダム・ドライバー主演の三作品の映画もすでにそれぞれが3ターンを超えている。
また夏一押しの恋愛映画だ。
ほのぼのとした出会いから始まって、スローモーションの事故映像とヒロインの絶叫で雰囲気が変わり、主題歌がかかる。そして涙を流して抱き合う美男美女で締めだ。
もう、どの映画か見分けがつかなくなってきた。何10回目かの爆発と、 CGを駆使したアクション、大筋と関係のないギャグシーン。ハハハ。
それぞれに面白い映画なのだろうが、予告編は予告編。
物語をつまみ食いしただけの断片だ。
期待させるだけ期待させておいて、これだけじゃ何も手に入らない。
恋愛もアクションもクライマックスも編集された紛い物。
まるで……。
「僕の人生みたいだ」
後方の席では爆発が起こり、どこからか流れ出した水が客席の間を流れ始めていた。
巨大な生物の唸り声と逃げ惑う高塔の声がしたが、僕は画面を見つめ続けた。
アダム・ドライバーが出演している映画の予告編が3作同時に流れたのは、実際に映画館で体験した出来事です。
「パターソン」「ローガン・ラッキー」「スターウオーズ epi. 8」の3作でした。
アダム・ドライバーは素晴らしい役者ですね。