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第一話 「河原でエロ本を焼く」

<一月>


 近所の河原でエロ本を焼くことにした。

 30歳になって、このままではいけないと思ったからだ。

 具体的に何がいけないというのではない。


全てがダメだ。

 

 未だに正規の職にはつけていないし、結婚もしていない。

恋人もいないし、同僚を除いたら異性の知り合いもいない。

性的な経験は小校生並。


 ……いや、少し見栄を張った。

 小学生の何%かには確実に負けている。

 そして友人もいない。

 だから、一人でエロ本を焼くことにした。


「芋焼けるかな」

 立てたドラム缶の中で火を起こしていると腐れ縁の高塔がやってきた。アルミホイルで包んだイモを持って。

 美少女が持っても絵にならないのに、三十路の薄汚れた男がイモを持っている姿は野暮でしかなかった。

 ヤボでイモで、ボヤが出る。


「帰れ」

 ドラム缶の中を棒でかき混ぜながら答えた。

「焚き火しているんだろ。焼かせろよ。友達だろ?」

「お前は焼き芋をバカにしている」

「バカにしちゃいないよ。ちゃんとアルミホイルで包んできた」

「焼き芋は火加減が難しいんだよ。第一、これは焚き火じゃない」

「焚き火だろ」

 高塔はボサボサの髪をして、ボサボサの服を着ている。あの黄色いセーターは僕が知る限り、高校時代から着続けている。疲れた表情をしているが、年齢より若く見える……というよりは大人っぽくない顔だ。たぶん、僕も同じような顔をしている。

 それと言っておくが、こいつは友人じゃない。腐れ縁だ。


「いいか。これは禊ぎなんだよ」

「エロ本焼いて?」

「エロ本は地層と同じだ。生活の中で積み重なっていく」

「化石の出来上がり」

「そして朽ち果てるだけ」


 棒で突くと灰が飛び散った。コーテングされた表紙が焼けて、黒い煙が立ち上がった。僕は傍に積み上げたエロ本を一掴みしてドラム缶に入れた。

 こうしてみると、黒い長髪の女性ばかり表紙に並んでいる。一番上になった表紙には既に引退したAV女優の「久遠マリア」が微笑んでいる。考古学者ならなんと分析するだろう。この遺跡に住んでいた住民は黒髪の乙女を信仰していました……か。胸が大きく強調されているのは、豊穣を祈願するためで……。

 やめておこう。不毛なだけだ。

 なんの実りもありはしない。


「今年で30歳だ。今年、彼女を見つけて交際を始めたって、直ぐに35歳が目の前で、四捨五入すれば40歳だ。何も始まっていないのに」

「でも生きている」

「続けているだけだ」

 グルグル同じところを回っている生活を前進とは言わない。

 僕は火の中を見つめた。


「重要なことを二つ言っておく」

 高塔はエロ本を一冊手にとりながら言った。

「何」

「野焼きは法律で禁止されている。直ぐに消防車が来る」

「……来ないよ」

 遠くでサイレンが聞こえ始めたので手を振って打ち消した。

 これは社会派の話じゃない。確かに法律違反だが、そこは目をつぶってもらおう。

 現実に三十路の独身男が事件を起こしたら、世間の目は冷たいなんてものじゃない。

「二つ目、これは夢オチだ」

「……どうしてそういうこと言うかな」

「そして、俺はお前の父親だ」

「スターウォーズのネタを挟む必要性があるのか? それに三つ目だし」

「お約束ってやつだ」

「ネタが古い」

「じゃあ、こっちはどうだ? 俺はお前の想像上の存在だ」

 高塔は不思議の国のアリスに出てくる不細工な猫のように笑いながら、こちらを見た。頼むから、そのニヤニヤ笑いを残して消えて欲しい。


「……どうしてそういうこと言うかな」


「目を閉じろ。次に開けた時、この世界は消えて無くなるのだ」

「くだらない」

「俺も久遠マリアも彼女の美しい胸も全て消え失せる」

 高塔は雑誌をドラム缶の中に放り込んだ。久遠マリアをはじめとする女達が火に包まれていく。ああ、そうそう。この女優さん好きだったな。

 視線を向けると高塔の姿が消えていた。

 ……走って僕の背後に回ったからだ。


「無理するなよ」

「無理じゃない」

 既に息を切らしながら高塔は言った。

「これでお前は俺の存在を認識できない」

「胡散臭い理論だな」

 僕も振り返りながら言った。目が回る。妙なことに、そんなに早く走れるはずもないのに、振り返り続けても高塔は視界の端に消えていく。黄色いセーターが筋になって走る。

「チビクロサンボの虎みたいだな。グルグル回って溶けてバターになる」

「そうだよ。溶けて無くなるんだ」

 そう言いながら高塔の体は地面にめり込んでいった。

「溶けて落ちるんだよ」

 丸く地面が切り取られ、僕はポッカリと開いた穴に落ちていった。


 頭に衝撃を受けて目が覚めた。

 見回すと積み上げたエロ本が崩れ落ちていた。

 部屋はひどく寒く、がらんとしていた。

 

 ……今のが初夢かよ。


「今年も良い年になりそうだな」

 ベッドに腰かけた高塔がそう言った。


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