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雪解けは春のように  作者: 春空奏太
1/1

春になりたい

あの日から僕の時間は止まっている。

あの日から僕の心は凍ったまま。

止まった時は決して動き出す事は無く、

凍った心は溶け出すことは無い。

 

あの日から彼は変わってしまった。

誰とも関わらなくなってしまった。

このままで良いんだろうか。

 

あの日からアイツは消えた。

俺の知っているアイツは死んだ。

俺にアイツを生き返らせることは  

できるのだろうか。


あの日までそいつは憧れだった。

あの日までそいつは夢だった。

今も憧れなんだろうか。

今も夢なんだろうか。


あの日を私は知らない。

それまでのあの人を私は知らない。

知らないままでいる。

知らないままでいた方が良いんだろうか。

このままで良いんだろうか。


「今日の授業はここまでだ。

 復習をしっかりしておくように。」

今日も終わったー。

すると、神谷先生から、

「福部と新井と上原は後で生徒指導室に

 来るように。」

俺何かしたっけ?

もしかして3限目の数学の授業中に早弁してたの

バレた‼

でも、バレないようにしてたからそんなはず

無いしなー。ほんと何でだろ?

そんなことを考えつつとぼとぼ

1階の生徒指導室ヘ向かった。



「2年4組竜胆歩夢くん生徒指導室まで

 来て下さい。」

まじかよ。これからみんなでボーリング行く

ところだったのに。

「歩夢何やらかしたの?」

仲の良いクラスメートがそんなことを

聞いてくる。

「何もしてないって。」

「だけど、長くなるかもしれないから

 今日のボーリング、俺パスな。」

そう言って、教室を出た。


生徒指導室にあたしが着いたときには

もう後の3人は着いていた。

椅子に座るように神谷先生に促され、

席に着いた。

ていうかこのメンバーは何?

翔太とは幼馴染だけど、

福部さんとはクラスが同じだけどそこまで

仲良くないし、

竜胆くんはクラスも違うし名前くらいしか

知らないし、 

すると神谷先生が、

「お前たちに雪村明人の更生を頼みたい。」

そう切り出してきた。


雪村明人。

それは4人がよく知っている名前だった。


先生から雪村くんの名前を聞いたとき、

私はとっても驚いた。

その人は私が去年同じクラスになったときから

ずっと気になっていた人の名前だったから。

それと同時に何でこのメンバーなんだろう?

とも思った。

でも何よりも嬉しかった。

先生から雪村くんの名前を聞いたときの

3人の表情。

私以外にも彼を気にかけている人が

いるんだって事が。


4月初めてあの生徒を見たときから

ずっと気になっていた。

だから、あの生徒の中学時代の担任に

話を聞いた。

あの日まで、あの事件までの彼は俺が

知っている彼と全く異なっていた。

助けてあげたいと思った。

救ってあげたいと思った。

あの日という呪縛から。

でも、それをするのは俺じゃないとも思った。

先生という立場上生徒のデリケートな問題に

あまり深く関わり過ぎない方がいいと思った。

だから彼らに依頼した。

彼に関係がなるべく深い生徒を選んだ。

後は彼らのサポートに回ろう。そう思った。

彼そして彼らに青い春が来ることを願って。

 

神谷先生の話を聞いた。

そして俺は決めた。

だめじゃないと言うのなら、

まだ遅くないと言うのなら、

もう一度彼に関わろうと。

今度は前よりも深く硬い絆で結ばれるように。


神谷先生の話を聞いて、一筋の光が見えた

気がした。

あたしでも彼に一本の糸を垂らしてあげられるんじゃないか、そう思った。

もしできるのなら、昔のような彼に戻してあげたいと思った。


先生の話を聞いて、

今度は俺が彼の憧れになれたらと思った。

今度は俺が彼に夢を与えられたらと思った。

そして、過去の俺に

お前が憧れた人は、お前の夢だった人は、

やっぱすげー奴だったと。

言えるようにしたいと思った。


先生の話を聞いて思った。強く思った。

あの日を知りたい。

それまでの彼を知りたい。

そして彼の心を軽くしてあげたい。

もし私にできるのなら、

彼の凍りついた心を溶かしてあげられたら

と思った。

 

「俺」「あたし」「俺」「私」

「「「「やります。」」」」

4人の言葉が、声が、心が、シンクロした。


嬉しかった。

4人のその言葉を聞いたとき、

俺の勝手な依頼を引き受けてくれたことが。

そして、彼が羨ましくもあった。

だって自分を気にかけてくれている人が

4人もいるんだぜ。

どうしようも無くなってしまった自分を

救おうとしてくれている奴が4人もいるんだぜ。

しかし、やります。とは言っていたものの、

何をすれば良いのか分かっていないようなので

「まずはお互いに自己紹介から始めたら

 どうだ。自分の名前とあと雪村との

 関係と説明しろ。」


先生に自己紹介を促されても、

誰からやる?という沈黙が続いていた。

仕方ないから俺からやることにした。 

「俺の名前は新井翔太です。

 明人とは親友でした。」

そう言って座ろうとした。

すると、

「でしたとはどういうことだ?」

先生が聞いてきた。

「先生もあの日のことを知っていますよね。」

「ああ。」

「あの日までは親友でした。

 でも、あの日からはただの知り合いです。

 あの日から変わってしまった

 あいつを俺は見捨てたんです。

 見て見ぬふりをして生活してきたんです。」

呼吸が少しずつ荒くなっていく。

握りしめた拳の力が強くなっていく。

「だから先生の話を聞いて決めました。

 俺今度こそ本当に親友になってあいつに

 ごめんって謝るんです。

 許してもらえなくてもいい。

 親友になれなくてもいい。

 もう悔いは残したくないんです。

 後悔と罪悪感に押し潰されそうになりながら

 生活するのは嫌なんです。」

言い終わって顔を上げると、

みんなの真剣な表情が見えた。


「次はあたしね。」

翔太の話で、しんとなった空気を壊すように

話し始めた。

「あたしの名前は上原綾です。

 あたしと明人は家が隣で小さいときから

 一緒に育ったんです。兄妹みたいな?

 まぁ正確に言うと、

 翔太とあたしと明人は幼馴染かな。」

「お前は何で俺の依頼を引き受けたんだ?」

準備していたかのようなタイミングで先生から聞かれる。

「あたし昔から明人にはいろいろと

 助けてもらってて。

 その恩返しがしたいってずっと思ってて。

 後は…その…

 異性として好きなんです。明人のこと。

 だから助けたいんです。…おかしいですか?」

「いいや全く。」

このときのあたしは自分でも気付かぬまま

嘘をついていた。


「じゃあ次は竜胆。」先生が言った。

音を立てないように静かに立ち上がった。

「俺は竜胆歩夢です。

 雪村とは昔家が近かったので、

 たまに同じ公園で遊んでいました。

 その公園にはガキ大将がいて

 いつもいじめられていました。

 それを助けてくれたのが雪村です。

 それから俺と雪村はその公園で会っては

 日が暮れるまで楽しく遊んでいました。

 俺が父の仕事の関係で引っ越すまでは。

 会えなくなってからも雪村は俺のヒーロー

 でした。

 だから驚きました。高校で再会した時は。

 俺は昔の雪村のように、雪村にとっての

 ヒーローになりたい。

 雪村を救いたいんです。

 それが俺の動機です。」

俺が言い終わると新井は

「明人ってやっぱすげーわ。」

と何だか嬉しそうだった。

そして最後の一人、福部が話し始めた。


「私の名前は福部さくらです。

 ここに呼ばれた理由はよく分かりません。

 よろしくお願いします。」

「先生、何で福部さんを呼んだんですか?」

「それは福部が雪村に興味を持っていそう

 だったからだ。

 それもふざけじゃなくて真剣に。

 授業中よく雪村をじっと見つめてるよ。

 何でなんだ?雪村のこと好きなの?」

「好きとかそういうのじゃないんです。

 ただ寂しそうだなって。

 そうやってよく雪村くんのことを考える

 んです。

 だから私、雪村くんのこと知りたいなって

 思って。」

「そうか。」

神谷先生はただそれだけ言った。


……また沈黙だ。

今度は神谷先生も何も言わない。

だから私は気になっていたことを聞いてみた。

「あの日って何があったんですか?」

「そうか知らなかったか。」

神谷先生はそう言ってあの日のことを

語りだした。


「新井と上原は知ってると思うけどな、

 中学2年生の夏休みに雪村の家では

 家族旅行に行くことになったらしい。

 でも、雪村は友達と遊ぶ約束があったから

 行かなかったらしいんだ。

 だから、雪村のお父さんとお母さん、弟と

 妹で旅行に行ったらしい。

 その旅行の帰り道、高速道路で

 乗っていた車が後ろから来た車に追突され、

 ガードレールを破って崖下に

 転落したらしい。

 救急車で病院に運ばれたが、

 みんな亡くなったらしい。

 しかもな、追突してきた車を運転していた

 男が一度は逮捕されたものの金持ちだった

 らしく、すぐ釈放されたらしい。」

新井と上原は俯いたまま話を聞いていた。

竜胆は事故を起こした男になのか、

そいつを釈放した世間になのか、

怒りを露わにしていた。

福部は泣いていた。ぽろぽろと涙をこぼして

いた。

雪村に同情してか、雪村の家族を偲んでか、

分からなかった。


「こういう過去があって雪村は心を閉ざして

 いるんだ。

 でも、俺は雪村の心のドアはいつか誰かの手

 で開かれると思う。

 けど、いつかっていつになるか分からないし

 誰かっていつ現れるか分からないから

 お前らに雪村のこと頼んだんだ。」

そこには神谷先生の思いが溢れていた。

力強い言葉が紡がれていく。

「雪村の笑った顔を見たことないけどな、

 雪村は笑えないんじゃなくて、

 笑っていないだけだと思う。

 だから、お前ら4人の手で雪村の笑顔を

 俺に見せてくれ。」

言い始めるまではまとまっていなかった言葉が

自然とまとまっていった。

みんな俺の言葉に驚いているようだった。

まぁ自分の素直な気持ちを生徒に話すことは

今まで一度も無かったからな。

少しの沈黙の後、上原が少し笑って、

「先生も意外と熱いんですね。」

「うるせぇ。」

そう言って、生徒名簿で軽く頭を叩く。

「痛っ。体罰はだめですよー!」

どっと笑いが起きた。

こういう気持ちは何年ぶりだろうか?

柄にもなくそんなことを考えた。


「じゃあこのチームの名前を考えなくちゃ

 いけないな。」

新井がふいにそんなことを言った。

「確かに名前はあったほうが便利ですね。」

福部がそれに賛成する。

まあ俺もその考えには賛成だ。

表情を見る限り、上原も賛成のようだ。

「チーム雪村?」「チーム神谷?」 

新井が思いついた意見を片っ端から言って

いる。

「あのさ、HARUっていうのはどうだ?」

さっきから考えていた名前を出してみる。

「4人の苗字の一番最初のアルファベットを

 並び替えただけだけどな、凍ったままの

 雪村の心を溶かす春の日の光ように

 なりたいという意味を込めたんだが…」

「それ良い!」

「それだな!」

「それよ!」

3人から次々と賛成のは声が上がる。

よっしゃ、俺の意見通った!

「じゃあチーム名はHARUに決定!」

「で、これからどうすんの?

 明人もいきなり話しかけられたらびっくり

 すると思うんだけど。」

「それについては私良い考えがあるよ。」

そう言って、福部さんは考えていた作戦を

話し始めた。


次の日から福部さんの作戦を実行することが

決まった。

その後ラインを交換して解散した。

帰り際、福部さんが 

「チームHARUファイトー」

とか言っていたがだれも返事しなかった。


僕は今日もいつもどうり過ごし、帰宅した。

「ただいま。」

そう言っても返事は返ってこない。

手を洗いッタ後、仏壇の前に行った。

正座して手を合わせ、今日の楽しかったこと

とか面白かったことを報告する。

全部嘘だが。

家族を心配させてはいけない。

後はゆっくり休んでもらわなくちゃならない。

嘘をいけない。

家族に嘘をつきたくない。

でも、

僕は幸せになってはいけない。







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