第二話 幼馴染・前編
「アロイス!」
本当はその名を呼んですぐにでも駆け寄りたい。けれどもそれが許されるほど、能天気には育たなったようだ。まずは淑女らしく、上品に微笑む。そして優雅に奥床しく彼に近づいて行くのだ。
「ごきげんよう、アロイス」
と、ドレスの端を右手で軽くつまみ、落ち着いて挨拶を交わす。
「やぁ、セレスティアラ」
と彼は屈託の無い笑みを浮かべた。私の大好きな微笑だ。凛とした声はバイオリンの低音を思わせる。自然に口元が綻ぶ。広大で典型的な英国風庭園は、今まさに初夏の薔薇が見頃だ。純白、薄紅、深紅、パステルイエロー、パステルオレンジ、藤色の色とりどりの薔薇が咲き誇っている。上品な甘い香りが辺りを包みこみ、柔らかな陽射しが庭園全体を色鮮やかに映し出していた。
ほぼ庭園の中央には、水瓶を右肩に構えた白い銅像の乙女があり、彼女の持つ水瓶から湧き出る噴水がある。その右奥に、白の木製のガゼボが建つ。パステルピンクの蔓薔薇がお洒落に壁を伝い、大人四人が入れるほどのこじんまりとしたスペースだ。そのガゼボ内で、彼は待っていた。いつもの待ち合わせ場所だ。
彼は、私と同じ歳の割には背が高い。やや小麦色がかった健康的な肌に、漆黒の髪がよく似合う。陽に当たると虹色の輪が出来る程に艶々とした豊かな髪を、顎の辺りで切り毛先にシャギーを入れて軽くしている。漆黒の長い睫毛に囲まれた瞳は、クッキリと上品な二重瞼で穏やかな弧を描く。アーモンド型の双眸は、翡翠を思わせる神秘的な翠色だ。深みがあるのにどこか明るく艶やかな色合いだ。キリリとした眉は賢そうで、意志の強そうな高い鼻。男らしく引き締まった唇はどこか思慮深さを感じさせる。目鼻立ちのクッキリとした整った顔立ちは、成長したらさぞや美形になるだろうと見る者を多いに期待させる。パール色のワイシャツに、藍色のパンツ姿というシンプルな衣装が、彼の手足の長さをより強調させていた。
雨や雪が降ったり、風が強い時は自動的に庭園全体がシャボン玉のようばバリアに包まれ、その天井部分が太陽のように輝く。人口太陽の役割を果たすのだ。ここは私が大好きな場所の一つだ。
「お待たせ」
そう言って、彼の右隣に腰をおろした。室内には白い丸テーブルと白い椅子が四つほど置かれている。
「じゃぁ、この間の物語の続きといこうか」
彼は瞳を輝かせた。そうすると、翡翠の瞳はオパールのようなミステリアスな輝きを帯びる。
「そうね。じゃぁ、私からね!」
彼とは三歳を迎えた私の誕生パーティーで出会って以来意気投合。互いの白を行き来する幼馴染となった。いつとはなしに、二人で代わる代わるに物語を創作する事が遊びの一環となっていた。彼といる時はまさに至福だった。
妹が生まれ、彼と出会うまでは。
「お待たせしました、お姉様、お兄様」
あぁ、妹……Beatriceの甘やかな声が響く。二人だけの時間は終わりを告げた。