3話 初めての台詞はしどろもどろ
「他人を神以って理解するには、まず自分自身の存在を原稿用紙50枚分に起こすほどの理解を為すべくして為すことはできない。」
これは俺が唯一尊敬という念に値した人の、数少ない助言だ。
俺はこの言葉を表面上までなら理解することができた。しかし、深く考えるならそもそも「理解」とは何なのだろう。どこまでして「理解」といえるのだろうか。理解という馴染みのある言葉。その本質を俺は、コンビニの前で弾き飛ばされてもなお、分からなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
俺の性格とは真反対を行く、メアと名乗る少女。主観的にしか捉えられていないので多少の誤解はあるかもしれないが、おそらく俺と同じくらいの年齢といっても差し支えないだろう、と思えるくらいの若々しい風貌だった。して、この主観がこの世界で通用するとも考えにくいが。
「君が寝ている間ね、このメアが看病してあげてたの!ざっと3日間は寝込んでたよ!」
台詞の後に感嘆符が付いてしまうほどの明るさ。俺には神々しい、神々しすぎた。
「あの…なんていうか、ありがとうございました。こんな見ず知らずの俺を助けてくれて…。」
「全然いいの!私はね、そういう『助けを必要としていることが目で見て分かる人』は必ず助けるの!あなたが川の前で寝込んでいたのを、見つけてほっとく私じゃないわ!」
要は俺が軟弱でヘタレで弱虫に見えたってことなのか、と俺は多少反応したが、数多の日常生活でマウントを取ってきた俺には、これくらいではビクともしない。そして、あからさまな暴言よりも、こういう悪意のない自然体な物言いが1番効くことを俺は知っている。
そう思っていると、加えてミアは言う。
「君にはまだ名前とか色々聞きたいことがあるしね、まずはお腹が空いているんじゃない?ちょうどシチューが出来上がったから、良かったら食べていってよ!」
ますます神々しいと思えた。今の俺には、お金と言えるお金が財布の中にはなく、(そもそも使えること自体怪しいが)そのほかの持ち物も、長年友達のいなかった俺にはさして使い道は薄かった携帯電話のみ、なお俺が撥ねられた衝動でか画面はバキバキで、もはや価値なしのブツでしかなかった。そんな俺に食事と笑顔を提供してくれる。疑うことも甚だしいことこの上ないと思った。
至高。幸福。最上の綻び。
俺はホクホクのシチュー(といいいつつも、見た目はカレーのような茶色だったが、今の俺には気にならなかった)を口にした。
「どう?美味しいでしょ!」
なんていうか、頭がとろける。フワッとするような感覚。場所が分からなくなるような、立ちくらみのする美味しさ…
バタン――――――――――
俺は倒れ込んでしまった。本当にとろけてしまうってそんなことあっていいはずがあらへんがな。
俺の語尾はおかしくなるほど、意識はフラフラだった。
またかよ…
状況が分からなかった。さっきの幸せはどこへ。一体、どこまでが事実で、どこまでが現実で、どこまでが本当で、どこまでが真相なのかが分からなかった。何から何までが不可思議だった。
俺はまた、深々と目を閉じてしまった。