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呪い殺されない方法  作者: 西田三郎
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怨霊たちとの日々

 ところで、女に言われた『幽霊』だが、それは実際にわたしにも見える。


 見えるときと、見えないときがあるが……

 仲間由紀恵のようなヘアスタイルをして、白いブラウス、紙おむつを履いて、紫色の顔で舌を垂らした女……そして 顔にほくろはない……は、しょっちゅうわたしの前に現れている。


 確か二ヶ月ほど前に、わたしが殺した女だ。


 一ヶ月前、自宅で風呂に入ろうとすると、浴槽の湯の中からその女がわたしを見上げていた。


 その次は、一日に二度現れた。

 一度目は、朝、仕事のためにパ ソコンを立ち上げたら、画面の中に女の顔が大写しになった。


 得意先との打ち合わせに訪れた商業ビルのエレベーターに乗ったら……得意先は二〇階にあった……3階と、7階 と、一五階の三度に分けてその女が乗ってきた。


 わたしは目的階まで、三人のストレートヘアで舌を垂らした紙おむつの女に取り囲まれ、睨まれながら過ごした。

 

 女はいつも、何も言わない。

 わたしのことを恨めしげに見つめるだけだ。


 いや、実際に恨んでいるのだろう……

 だからそのことをわたしに告げたくて、わたしの前に姿を現しているのだろうと思う。


 理屈に叶った話だ。


 わたしは彼女 を、特に理由もなく、純粋に自分の楽しみのためだけに殺したのだから。


 『幽霊』として現れるのは、彼女だけではない。


 今のところ確認しているだけで、わたしは九人の幽霊につきまとわれている。



 しかし実際、わたしがこれまでに殺した人数は……ちゃんと数えてないのでわからないが……おそらく数十人というところだろう。


 ということはつまり、無意味 かつ理不尽に殺されたとしても、『幽霊』として出てくる奴とそうではない奴がいる、ということだ。


 今、わたしにつきまとっている幽霊の内訳は、例の髪の長い女の幽霊を含めて女性の幽霊が四人、男性の幽霊が二人、十歳(死亡時)の少女の幽霊が一 人、そして、中学生の少年の幽霊が一人。

 そして、あともうひとり、中学生の少女が一人。


 こいつらが、入れ替わり立ち代り……不思議なことに、一度に何人もの幽霊が出てくることはない。シフトでもあるんだろうか? ……わたしの前に現れて は、恨めしそうな目でわたしを見つめたり、わたしの周りを歩き回ったりする。



 自宅の天袋から顔を覗かせたり、煙草を吸いにベランダに出ると地階からわたし を見上げていたり、いきなり車のバックミラーに映ったり、深夜に帰宅したら部屋の前で待ち構えていたりする。


 みんな、わたしを恨んでいるのだろう……それはもう、恨まれて当然だ。



 幽霊たちがわたしを恨んでいるのはわかるのだが、わたしは彼らの思惑に応えてやることができない。


 幽霊に何らかの意図があるとするなら、彼らはわたしを怖がらせ、怯えさせ、自分の罪を後悔させ、許しを請わせたいのだろう。



 最終的にはわたしを自首か、自殺 か、もしくは発狂に追い込むか……

 そういうことを企んでいるに違いない。



『お前はとんでもないことをしたんだ』


『お前のことを絶対に許さない』


『お前を地獄に引きずり込んでやる』


『お前の頭を狂わせてやる』



 ……などなど、それが彼らの意図するところなのだろう。


 しかし、わたしにそんなことを求められても困る、と言うほかない。


 殺しに関しては後悔の念もないし、自責の念もない。


 それに関しては自信を持って言える。


 わたしは、君たちを殺したことに関して、まっっっっったく、罪の意識を感じていない。

 だから無駄なのだ、といつも態度で示しているのだが、彼らには一向にそれが伝わらない。



 昔、新聞で読んだことがある。



 殺した女の霊が毎晩のように枕元に立つようになり、ノイローゼになって最終的に警察に自首した男の話だ。


 警察関係者が『不可解だけどそういうこともあるかもしれない』とコメントしていたと記事にあった。


 その記事を読んだころには、わたしはまだ殺しをはじめていなかったので、記事の中の捜査関係者と同じく、『そういうこともあるんだろうなあ』という認識 しか持てなかった。


 しかしまあ……科学的に、かつ理性的に考えてみれば、ほんとうにその男が幽霊に悩まされた結果、自首を選んだのかどうかは大いに怪しいところだ。



 殺した ことに罪悪感を抱いていたり、自責の念に囚われていたり、自分のやったことを後悔していれば……『女が毎日、枕元に立つ』くらいの幻覚を見ることはありえ ることだろう。



 しかし、そのほとんどは『幻覚』に過ぎないのではないか。

 だいたい、『枕元に立った』というところが怪しい。



 つまり、男は毎晩、眠りに就く前に……

 自分の犯した罪について深く考え、自分を責めていたのだろう。


 意識が眠りにつく寸前には、現実と夢の境は実に曖昧になる。


 金縛りに遭ったり、幽体離脱を体験したり……あるいは枕元に女の幽霊を見たりするのは……た ぶんあと十年もすれば脳科学やそのへんが科学的に解明してくれる現象だろう。



 殺した女の幽霊が枕元に立つ、などというのは……

 女を殺したことに対して、いずれは自分が罰を受けねばならない……そんなふうに考える、律儀でまともな 殺人者が抱いた、自責の念の表れと考えるのが自然だと思われる。




 あるいは警察関係者が、いまだ罪に問われていない犯罪者(むろん、それにはわたしも含まれる)に向けて投げかけた、牽制のメッセージだと考えることも可 能だ。警察は、自分たちの無能を棚に上げて、



『おまえら殺人犯には、法の手はまだ届いていないが…必ず報いを受ける羽目になるんだ……お前たちは怨霊に 追い回されている。それから逃れるには、自首するしかない』



 と、そういう子どもじみたメッセージを報道を通して社会に投げかけているのかも知れない。



 ちょうど、わたしたちが子どもの頃、『ご飯を踏むと目がつぶれる』とか、『ご先祖様を粗末にすると将来不幸になる』とか、『悪いことをすれば地獄に落ちる』と しつけられたような……そんな教育効果を狙って、警察があえてバカバカしい情報を流している、ということも大いに考えられる。



 警察が仕掛けたそんな他愛もない心理作戦に屈してしまうなんて、まったくこの世には素朴で素直な心を持った殺人犯もいたものだ、とは思う。



 しかし、今なら自信を持って言える。



 人を殺すと、幽霊につきまとわれるのは、紛れもない事実だということを。



 彼らはわたしたちの元にやってくる。


 恨めしげな顔をして、ぞっとするような趣向を凝らしながら、わたしの生活の端々で姿を見せ、わたしに罪を自覚させ ようとする。


 彼らは姿を見せるが……わたしに何かを告げることはまったくない。


 だらりと紫色の舌をのぞかせた口がぱくぱくと動くが……

 そこから言葉を吐き出すことはない。

 殺したときに、わたしが彼らの喉を潰してしまったからだろうか。


 その女をはじめ、すべての幽霊たちはわたしの顔をじっと見つめ、(時には息がかかりそうな位置まで顔を近づけながら……)口をパクパクとさせて、何か を訴えようとする。



 そんなとき、わたしはいつも……思わず吹き出してしまう。



 君らは幽霊で、そもそも超自然的な存在なんだから、何か言いたいことがあるなら、わたしの頭の中に直接話しかけるとか、それがムリなら言いたいことを身 振り手振りで伝えるとか、なんとかすればいいのに。



 彼らは、わたしの前に現れることで……わたしに対して何らかの影響を与えられると考えている。


 

 怖がったり、自分を責めたり、発狂したり、許しを乞うたり。




 しかし……なぜ彼らは自分を殺した男のことが理解できないのだろう?




 君たちの出現の一つひとつを恐れるような人間が、面白半分に人を殺すと でも思っているのか?



 どんな恐ろしい姿を装って彼らがわたしの元に現れても……

 玄関ドアを開けたら逆さになった女の顔が目前にぶらり、とぶら下がってきても……

 終電車の中で おむつを履いた女がうろうろ歩き回っていたとしても……

 洗濯機を開けたらドラムの中にデブ女の霊がすっぽり収まっていたとしても……


 わたしは驚くこともな いし、それに対して恐怖を感じるわけでもない。



 悪いが、君らは、まるでムダなことをしているのだ。



 ところで……

わたしが殺した十歳の女の子と、中学生の少年は、そんなふうに出てきたことはない。


 女の子のほうは、たまに深夜、自室のカーテンの隙間……


 わが家はマンションの四階にあり、そっちにバルコニーはない……


 から、たまにあの青い無表情な顔 で、わたしのことをじっと見つめていることがある。



 夜は仕事をしていることが多いので、見られていると集中ができない。


 だからいつもわたしは、カーテンを 閉める……

 しかし、たまに仕事が手につかない夜などは、キッチンで薄いハイボールを作って部屋に戻り、相変わらずカーテンの隙間からわたしのことを見つ めている少女の顔を肴に、眠りにつくまで数時間を過ごすこともある


 ……何か、面白いことが起きるのを期待しながら……


 たとえば、にらめっこを続けている と、向こうのほうが吹き出すとか。


 いまだに少女には、にらめっこで勝ったことがない。




 中学生の少年のほうは……たまに街中で見かけることがある。



 ほかの人間に彼の姿が見えているのかそうではないのかはよくわからないが、あの真っ青な顔と首の痣、そして下半身は紙おむつ一枚という異様ないでたちを 見ても、誰も気に止めないのだから……恐らくわたし以外には誰にも見えていないのだろう。



 とりあえず彼は、わたしと目を合わせると、いつも軽く会釈をする。



 自分を無残に殺した相手にだ。


 彼の息の根を止めるまでにわたしがしたことは……自分で言うのもなんだが、かなり残忍だった。


 しかし、彼は幽霊になってからもわたしと街で出くわしては、軽く会釈をする。

 『お世話になりました』とでも言いたげに。


 まあ、彼はもともと自殺志願者だった……だからかも知れな い。



 とにかく……幽霊たちはわたしの周りに現れ続けていた。



 あの、変な自称霊能者の白髪、マスカラぐりぐり女が指摘するまでもなく。

 そしてそのことを、増えつづける白髪ほどにも気にしていなかった。

 

 彼らが、自分にとって単に薄気味悪いというだけで、まったく無害な存在である限りは。


 彼らのうちの一人が……わたしの命を脅かそうと企みはじめるまでは。



 わたしを脅かしているのは、中学生の少女の幽霊だ。



 彼女が突然、わたしにとって脅威となりはじめた。

 

 そうなると、話は別だ。



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