終章
「まさ……か、全てを寝ながらにして受けきっていたというのか……」
青き髪の勇者は膝から崩れ、手にしていた短刀を床に転がした。
戦士としての気迫は無く、もはや絶望した人間と変わらぬ表情を浮かべていた。
「フッ、ここまでの戦いを寝ながらにして出来るとはな。もし、貴様が本気で私と対峙したなら、私など塵にも等しい死を与えられていたかもしれんのだな……」
戦士は己の実力と魔王の実力とを見比べ、嫌でもその壁を感じずにはいられなかった。
戦士は使命を持って魔王の前に現れた。数々の同胞を殺され怒りを感じていた。
だが、それが何だというのだろう?
使命を持ってして魔王に打ち勝てるのか? 怒りを持てば魔王を凌駕するとでも思ったのか?
違う、これは全て、己の欲でしかなかったのだ。
人間を守りたい、欲が使命に変わっただけに過ぎなかったのだ。
「さあ魔王よ、殺せ。もはや戦う気など無い。私の、負けだ」
戦士は両手を広げ、気高く命を魔王に差し出した。
せめて死ぬ者が私で最後になるようにと、祈りながら。
しかし、
「……貴様、名は」
名を、聞かれた。
「……これから死ぬものの名を尋ねるのが、魔王の趣味か」
「名を名乗れ」
何とも言えぬ無の圧力。戦士は自傷気味に苦笑し、名乗った。
「……ルシスだ」
「そうか、ではルシス」
魔王は完全に目を覚まし、灰色掛かった紅い瞳を戦士に向け、言った。
「我の部下になれ」
一瞬の静寂、辺りの時間が氷付けにでもなったかのように長く、冷たい一瞬が続く。
「聞こえぬか、我の部下になれ」
「――それは、どういう意味でしょうか」
ルシスは困惑した。
勝負を捨て、命を投げ出そうとするものに、配下に下れと言うものだろうか。
「せめて、理由を教えて下さい。理由次第では、配下に、下りましょう」
ルシスは、最後に自分を部下にしたいという者の理由を知りたくて仕方なかった。
魔王に挑んだ者は数多くいたはずだ。その中にもルシスの同胞も数人いた。
なのになぜ、魔王は、私を選んだのだろうか。
「……理由か、これだ」
魔王は己の右腕を差し出して見せた。
魔王には似合わぬ生娘のようにか細い腕、何千という戦士を屠った白い腕に、傷があった。
「我を傷つけたのは、ルシス、貴様が初めてだ。故に貴様を側に置きたい」
ルシスは更に困惑した。そんな理由で部下にしたいとは。一体、魔王は何を考えているのだろうか。
もはやルシスは、理性ではなく、魂に問いかけ、この答えを探している。
そして、出した答えは。
「忠誠を、捧げましょう」
これが、魔王と騎士の誕生の始まりであった。
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「うむ、そういえば、そんなこともあったな」
リヤンは、今思いだしたようにキラリと光る短刀を見つめていた。
「しかしルシスよ、なぜその短刀をここに捨て置いた」
リヤンから珍しく質問があり、ルシスは微笑を浮かべながら答えた。
「魔王様を傷つけた刃物を持つのは、部下として失礼と思いましたゆえ、ここに置いていました」
ルシスは、美しい短刀を1度撫で、そっと床に置いた。
それは、まるで宝物を扱うように、そっと、優しく。
「魔王様、今一度、魔王様の夢のため、このルシス、忠誠を捧げます」
希望を見るように、ルシスは長剣をリヤンにかざし、戦士として、誇りを誓った。
「では来るがよい、我が夢を果たすために、働いてもらうぞ」
魔王と騎士の物語は、この礼拝堂にて、また始まろうとしていた。




