第4章
満月の夜、月明かりに包まれた森は微かな暗闇にひっそりと身を隠していた。木々は怪しく立ち並び、今夜迷い込んでくる客をもてなすためか、ゆっくりとその枝を揺らす。
夜行性の生き物は喰らう獲物を黙々と探し、喰われる者は闇の衣を纏い、影に成ろうと務めている。
物寂しい森の中からたまに聞こえる獣の遠吠えは、歓迎してるようにも、警戒してるようにも聞こえる。
そんな森に、人の悲鳴が響いた。
「ひっ! か、金が欲しいのか。全部やるからほっといてくれ!」
「そうもいかないな、爺さん」
しわくちゃな老人に対し、4~5人の夜盗が下品な笑い声を上げる。
「あんたに話されでもしたら、俺達生きていけねぇからよ。なあ、死んでくれよ?」
リーダー格らしき男が、懐から取り出した短刀を老人に突き付ける。老人の頬から紅い雫が染みだし、直線になって地面に滴り落ちる。草を紅く濡らした。
「ど、どうか命だけは! 儂はただ、娘夫婦に会うだけじゃ!」
必死に説得するが、夜盗達はむしろそれを見て楽しそうに愉快そうに笑う。
老人は、絶望するしかなかった。
「兄貴、さっさとやっちまいましょうぜ」
「分かりやすい小悪党がいるものだ」
フードを目深く被った男は振り返る。しかし、誰もいなかった。
「ルシス。こやつらは悪党よな? なら、抹殺せねばならぬ」
「誰だ!」
兄貴と言われた男もこの異変に気付いたらしく、老人の胸ぐらを掴んだまま短刀を暗闇に向けた。
「何だか知らねえが、姿を現しやがれ!」
夜盗の言葉は闇に呑まれて返ってこない。その不気味さに怖じ気ついたのか、リーダー格以外の夜盗達は身を縮ませる。
数秒後、闇の中から足音が聞こえた。
幾重にも重なった暗闇から、女が現れる。
「警告します。ただちにご老人を離しなさい、でなければ命はありません」
ドレス状の鎧を着込んだ美女が、腰の鞘から剣を抜いて夜盗達に指し示す。
驚いたのか、それとも惚れたのか、いまだに夜盗達は開いた口を閉じずにいた。
「……は、アハハ、アーハッハッハ!!」
突然リーダー格の男が笑い声を上げた。女以外は皆きょとんとしている。
「何だよ、ただの女じゃねぇーか。おいおめぇら、ビビる必要はねぇ」
男の呼び掛けで我に返る夜盗達。女は剣を下げずにいた。
「警告? それは俺達に向かって言ってるのか?」
「はい。ただちにご老人を離しなさい。そうすれば、命だけは助かります」
女は真剣な眼差しで男に言う。しかし……。
「やなこった! 素直に従う訳ねぇだろ!」
男は反抗を表すためか、老人の胸ぐらをより強く掴む。老人は苦痛の声を上げた。
「……そうですか」
女はゆっくりと剣を鞘に納める。悲しそうに。
「警告は、しましたからね。せめてあなた方の魂が、この森で迷わないよう、祈ります」
女はその場で片膝を着き、慈しむ様に夜盗達へ祈りを送る。
夜盗達は困惑し、その状況に怒りを覚えたのかリーダー格の男は老人を手離し、女に向かって短刀を突きつけて走り出した。
「祈ってんじゃ、ねぇっよー!!」
男は地を蹴り飛んだ。刃は女目掛けて迫っていく。けれど、短刀が女に触れることはなかった。
男は無様にも地面に転がる。
否。
男だった者は地面に転がった。
「あ、兄貴ッ!? どうしちまったんですか!」
女は今も祈っている。指は固く組まれ、姿勢は全く変わらない。
「次は、貴様らの番だ」
暗い声のする方に目を向けたのが、夜盗達の不幸中にして最大の不幸。
そこにいたのは、この世の全てを手にした魔王なのだから。
夜はまだ、終わらない。




