第3章
「……」
深い森の奥、魔王は泉にぷかぷかと浮かんでいた。
目立った傷はなく、苦しんでいる訳でもない。ただそこで浮かんでいるだけだった。
「平和とは、何なのだ」
蒼い空に手をかざすリヤン。その際水滴が魔王の顔に零れるが、やはり表情は変わらない。
森は極端なまでに静寂であった。葉擦れの音も、風の音も、動物や虫の声も無い。
そんな世界に魔王リヤンは独り無表情で存在していた。
今回、リヤンは女神であるルシスに黙って城を出た。
ただの気まぐれとも取れる行動ではあるが、リヤンの瞳はただただ虚空であった。
「平和、とは……」
魔王は瞳を閉じる。蒼い空と泉に挟まれた魔王だけが蒼い世界に取り残される。
それは、空から落ちているようにも見え、どこか寂しさを感じさせる。
わずかな雲が魔王の前を通過する。静寂な世界で起きる微かな変化。
リヤンにとって、この様な変化は起きた事にすら入らない。彼に変化を与えるとするならば闘いと血であろう。
リヤンは、自然に溶け込んだ。流木と同じ様に流され、藻の様に受け入れる。
もはやそこに魔王はいない。世界が支配された時に魔王もまた死んだのだ。
世界が魔王の手に落ちた時も、彼は顔色一つ変えなかった。どこか抜け殻めいた彼は、英雄達と闘うことで己の風穴を塞いでいた。
日が暮れた頃、魔王はゆっくりと瞼を開いた。それだけだった。
「夕暮れとは、何故にこうも短いのだろうな」
光と夜の狭間。魔王はぼぉーっと考えていた。
「空は紅く染まり、次に闇が訪れる。しかし闇は続かぬ。光もまた続かぬ。では混沌は、何故短いのだ。神に嫌われたのか?」
答える者など存在しない。魔王の言葉は虚しく散ってゆく。
夜空に星が輝きだした頃、魔王は泉から上がった。
「星もまた、支配できるのであろうか。そうすれば、我の心を満たすことができるのであろうか」
魔王は夜空の星に手をかざす。しかし、その手は星に届かなかった。
魔王は、気まぐれに城へと帰っていった。




