第1章
魔王の城、と皆が言う。
険しい山岳地帯に立つこの城は、そもそも昔の所有者である王が海からも地上からも攻め込まれないようにと建てたのだ。特徴的なのが城を囲むようにできた側城塔。城門以外に入り口はなく、城に張り付いてきた敵はすぐにでも撃ち殺されるよう工夫がされている。
しかし、王の命を狙っている者は城の中にもいたのだ。
「世界平和か、さて、どのようにしたものか」
魔王――リヤンは考えていた。
薄暗い城の中、玉座に座るその男はどこかつまらなそうに玉座に背持たれている。
「世界平和ですか? 随分と変わった事を考えますね」
目を丸くする魔王の側近――ルシスはにこやかに微笑む。
「けれどそれは、人類の夢。それを魔族であるあなたが助けようとは、感服いたしました」
「ふん、我を監視するために来ている貴様の意見など聞いていない」
ルシスは少しムッとしてそっぽを向いた。
水色の長髪、金色の眼。魔王より小さいが、その腕を見込まれ側近として雇われたのだ。
「私は女神です。世の平和を願うのは当然です」
「そういうものか」
ムキになったのか、ルシスは魔王に文句を言う、対する魔王は言葉を流す。
「ルシス、貴様に聞きたい。世界平和とは何だ?」
きょとんとする女神。
「もしや、知らないまま目指しているのですか?」
「そうだ」
恥じる様子もなく、魔王リヤンは言った。
その堂々とした態度に折れたのか、ルシスはため息をついて説明を始める。
「世界平和とは、この世から争いが無くなる事です」
「なら、既に世は平和ではないか」
魔王が世の中を支配したことにより、武器を手にするものは減ったのだ。仮に武器を手にしていたとしても、それは盗賊かいまだ革命を起こそうとする集団くらいのものである。
「しかし」と女神は付け足す。
「魔王様に対しては、武器を向ける者はいなくなりました。しかし、世の中では弱肉強食が繰り返されているんですよ」
語調を強めるルシス。
女神だからか、少し悲しそうな表情を見せる。
「本当に愚かだ。いっそのこと、人間全てを消してしまえば、世界平和とやらはすぐにでもなるのではないか」
「それはありません!」
と、戦士の顔と、女神の顔を表すルシス。
「その愚かささえ愛せる世になることが、本当の平和です」
くだらん、と魔王は吐き捨てた。
侵略する前、魔王に挑んで来た英雄達と戦った魔王は、あえて劣勢を演じたことがある。
すると、まだ体力のある英雄一行は、唐突に仲間割れを始めたのだ。
俺が打ち取る、俺の物だ! 俺が世界を救うんだ!!
そう、魔王が弱いと見れば、人間は魔王を魔王ではなく、栄光への階段として見始めたのだ。
ほんの観察程度に遊んでいた魔王だが、何の変化を見せない英雄一行の、揉め合う背中に一撃をいれたのだった。
「女神は物好きだな」
「信じているだけです」
光の様に優しい笑顔を見せるルシス。魔王は灰のように感情を見せない。
「しかし、夢とは良く言ったものだ。見えてもすぐに消え、忘れるというのに、それを手の届く物だと過信する。それを、傲慢と言うのだろう」
「少し違います。しかし、夢を見るのは良いことでしょう」
「さあな、分からんよ」
女神と魔王しかいないこの広間で、どこか寂しい会話だけが繰り返される。
「魔王様も、夢を持っていたのでは、世界を支配するというのは、夢と似ていますが」
ふん、と魔王は無表情で笑う。
「夢ではない、遊びでもない。仕事のようなものだ」
仕事? と女神が魔王の目を見る。
「ただそこに、魔王以外の者が存在していた。魔王がいないなら、我が君臨するしかあるまい」
淡々と語る魔王。
「それで、支配ですか」
呆れ半分、驚き半分といった表情のルシス。
「しかし、そうか」
魔王は、何かを悟った様に語る。
「夢とは、すぐ消えるから価値のあるものなのだな。人を支配しても、あの大空を支配出来ぬように、我もまた、まだやることがあると言うわけか」
リヤンは、どこか乾いた笑い声を出した。
ルシスは目を閉じ、その笑い声を聞き届けた。




