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憑神さん家のお家騒動  作者: 岸波 神社
6/6

第六話 覚醒ー2


 冷たい風が吹いていた。


 気温が低く空気が澄んでいるせいか、夜空に浮かぶ月が、いつも以上に青白い光を放つ。

 その妖光の下、夜気を振動させ、一つの影が動いた。


 『うおおおぉぉぉー!』


 獣の咆哮ほうこうを上げ、アルデリスタはハナの顔面めがけ右ストレートを繰り出した。

 銃弾並の早さだが、これくらいならまだ何とかなる。

 そう判断したハナは、体をひねり鼻先ギリギリでその拳をかわす。

 そして、ひねった際の遠心力を使い、アルデリスタの左頬へと裏拳をめり込ませた。


 『ぐはっ!』


 青い液体が空中に舞った。

 大砲のような一撃をくらい、アルデリスタの体は地面と水平にかっ飛んで行く。

 だが、ハナの攻撃はそれだけでは終らない。

 地面を蹴り、すぐさまアルデリスタの背後に回り込む。

 そして、がら空きになった背中に向け、豪雨の如き拳の連打を浴びせた。


 拳を突き出す度に、右肩がうずく。だが、この痛みは自分のものでは無い。

 腕を引きちぎられた火武輝おとうとの痛みだ。

 互いに深くリンクしているため、火武輝ひぶきの痛みが、ハナにも流れ込んできているのだ。


 (よくも......よくも!ひーたんを!)

 

 愛する者を傷つけられた激しい怒りが、いつのまにか、ハナの美しい顔を鬼の形相へと変えていた。


 『ぐぁっ!クッ、クソがー!!!』


 不意をつかれたアルデリスタは、勢い良く体を回転させ、ハナの殴打を弾き返す。

 まるで高速回転を繰り返すコマのうような動きだ。

 アルデリスタはその勢いを生かし、回し蹴りを放った。

 鞭のようなしなりをみせながら、アルデリスタの右足が、ハナの側頭部に吸い込まれていく。ハナは瞬時に左腕でその攻撃を防ぐ。ゴォン!という鈍い音と共に、左腕にものすごい衝撃が加わった。


 『ぐぅ!』


 電流が走ったように手は痺れ、筋肉がギシギシと悲鳴を上げた。

 まるで分厚い装甲の戦車でさえ、簡単に粉砕できそうな強烈な一撃であった。

 あまりの剛撃に耐え切れず、ハナの体は横へと吹き飛んだ。

 慌てて足でブレーキをかけ、すぐに体制を整えようとしたその瞬間。


 『雷光弾エレクトル アロー!』


 ハナの目に閃光が映る。

 雷にも似たまばゆい光に一瞬怖気が走り、ハナは迷わず横へと飛び退いた。

 次の瞬間、後方で爆発が起きた。

 ドォーンという轟音が大気を振るわせ、静電気を帯びた熱風がハナの背中を叩く。


 (......今のは何?!)


 驚きの表情を見せるハナの左頬を、生暖かい何かが伝っていた。

 むずがゆさを感じ、ハナは右手でそれを拭い、手の甲へと視線を落とす。

 そこには見慣れない液体が、自分の手をべっとりと赤く染めていた。


 (......血?)


 ハナは目を丸くした。

 強靭な肉体を持って生まれたがゆえ、ケガなどほとんどした事が無い。

 あったとしても己の肉体強度を測るため、自分の腕を噛み、血を流したくらいのものだ。

 ナイフはおろか、マンションの屋上から飛び降りてもケガ一つしない体なのだ。

 自分自身ならともかく、他者に傷つけられた事など、生まれて初めての経験だった。

 今の攻撃は尋常じゃない。ハナの顔に、うすく焦りの色が浮かんだ。

 

 『ふふふふっ、なるほどね。どういう訳か、貴方に物理攻撃は通用しない。......でも、魔法攻撃はそうもいかないみたいね。なら話は簡単だわ!』


 アルデリスタは不気味な笑みを見せ、右手を前に突き出し掌を開く。

 

 『閃光乱舞スクイズ レイヴァン


 突如、アルデリスタの掌から、赤い魔法陣のような物が展開された。

 その魔法陣の周りに三つの光球が浮かび、チリチリと音を立てながら振動し始める。

 

 ーーまずい!!!


 そう感じたと同時に、光球が猛スピードで放たれた。

 ジグザグと予測不可能な動きを見せ、風を切りながらハナに迫る。

 一つは頭上から、後の二つは挟み込むように左右から襲いかかってきた。

 ハナは瞬時に後ろへと飛んだ。目標を見失った光球は、勢い良く地面をえぐった。

 回避したかに思われたが、光球はすぐに地面から飛び出し、ハナの後を追ってきた。

 その動きはまるで、追尾弾のようであった。

 

 『ちっ!』

 

 ハナは、全力でアルデリスタに向かって走り出した。

 正直、あれをかわし続ける自信は無い。無駄に体力を削られるだけだ。

 それに、アルデリスタが遠距離攻撃を仕掛けてきた今、距離をとるのは愚作。

 直接拳を叩き込める距離まで詰め、攻め続けるしかない。

 シンプルな考えだが、この状況下ではそれが最善だとハナは判断した。


 『あははははははは、意外と冷静なのね。でも、そんなにうまくいくかしら。大地捕縛術アース ガルズ!』


 アルデリスタが地面に拳を突き立てる。

 その瞬間、右足に激痛が走り、ハナの足が止まった。


 『つぅ!』


 ハナはすぐさま足下に目をやった。そこにあったのは無数の刃。

 それが地面から生え、ハナの足を突き刺し動きを止めていたのだ。

 必死に引き抜こうと足を持ち上げるが、逆に筋肉が硬直し、刃を深く食わえ込んでいく。

 そうこうしているうちに、ハナのすぐ後ろまで光球が迫っていた。


 (ダメ!間に合わない!)


 そう思った時だった。

 突然右肩に衝撃がかかり、ハナは横へと倒された。

 思いがけない事態に体の強ばりが解けたのか、自然と足から刃が抜けた。

 地面へと落ちていく最中さなか、時間を引き伸したように周りの景色がゆっくりと流れていく。

 その流れゆく景色の中、ハナの目に信じられない光景が飛び込んで来た。

 なんと、火武輝が光球に貫かれていたのだ。

 火武輝は、糸が切れた人形のように、力なく地面へと地崩れ落ちた。


 『ひーたーん!!!』


 ハナは右足を引きずり、慌てて火武輝の元まで駆け寄った。

 なぜ火武輝がここにいる?巻き込まないように距離をとったはずなのに。

 状況が呑み込めないまま、ハナは火武輝の体を抱きかかえた。


 火武輝の体にはソフトボール程の穴が空き、そこから肉が焼ける臭いと共に、黒々とした煙が上がっていた。それを目にしたハナは、ある事に気付き絶句した。


 ......痛みを感じない。


 その時、ようやく気がついた。

 火武輝とのリンクが切れていた事に。


 ハナが戦闘に集中しすぎたため、一時的にではあるが、二人のリンクは切れていた。

 その事が心配になった火武輝は、急いでこの場まで駆けつけ、身を挺しハナの命を救ったのだ。


 ハナは、火武輝の体を揺さぶり 何度も名を呼んだ。

 しかし、いくら呼びかけても火武輝が答える事はなかった。

 火武輝の体には、三つの風穴が空いていた。

 その中の一つは、まさに心臓の位置であり、それは、火武輝が即死した事を如実に物語っていた。


 『うわああぁぁぁぁぁーひーたん!ひーーたーーん!』


 ハナは火武輝を抱きしめたまま、たがが外れたように泣き叫んだ。

 なぜ自分は火武輝に気付かなかった。

 気付いてさえいれば、こんな事にはならなかったのに。

 自分に対する怒りや後悔の念が、津波となりハナに押し寄せた。

 突きつけられた現実を受け止め切れず、ハナは、もう一歩も動く事が出来なかった。


 『ちっ、余計な事を!......まぁ、いいわ。貴方もすぐに殺してあげる』


 アルデリスタはそう吐き捨て、ハナの元へと歩き出した。



       *



 ーー火武輝ひぶき


 どこからともなく、自分を呼ぶ声が聞こえた。

 近いようでいて、遠い。そんな、あいまいな距離間で、現実味が無い声だった。

 意識が朦朧もうろうとしているせいか、まるで浅い夢の中にいるような感覚が火武輝を包んでいた。


 ーー火武輝、お願いです。目を開けて。


 先ほどよりも鮮明な声が、火武輝の鼓膜を揺らした。

 どうやら幻聴では無かったようだ。火武輝は閉ざしていたまぶたを、静かに開いた。


 『......ここは......どこだ?』


 目を開けた火武輝の眼前には、光さえも飲み込んでしまいそうな、おどろおどろしい闇が広がっていた。視界全てを純黒が埋め尽くしている。その闇の中を漂うように、火武輝はふわふわと浮いていた。


 体を起こそうとしたが、ぴくりとも動かない。

 金縛りに似た感覚が全身を取り巻き、火武輝に不快感を与えた。

 唯一、自由のきく首だけを使い、火武輝は自分の体へと目をやった。

 

 『何だこれ?!』


 火武輝はあまりの出来事に声を上げた。

 火武輝が目にしたのは、黄金に輝く鎖。

 それが自分の裸体をがんじがらめに縛り上げ、拘束していたのだ。

 

 ーーその鎖は、封印です。


 また声が響いた。

 さっきは気付かなかったが、少女とも女性ともとれる不思議な声だった。

 辺りを見渡しても、やはり人の気配は無い。

 声だけが火武輝の耳に届いているようだった。


 『封印?』


 ーーそうです。それは、貴方の力を抑えるためのかせ。貴方は心臓を貫かれ、この生と死の狭間の世界『流転るてん』まで落ちてきました。


 『心臓を貫かれたって......死んだって事?』


 ーー本来ならばそうなります。ですが、貴方は特別な存在。人には無い絶大な力を宿しています。その力が未だ貴方を生かしているのです。


 『......ちょっと待った!なんだか話が見えないんだけど。......絶大な力?......てか、あんた誰?』


 ーー私はこの地を彷徨うただの残留思念です。それより火武輝、どうかその力で花水楼かむろを救ってください。今まさに、あの子の命も終ろうとしています。


 『花水楼?あんたハナを知ってんのか?......そうだ!思い出してきた......僕は海浜公園にいたはず。それに......教えてくれ!ハナは......ハナはどうなったんだ?!』


 突如、火武輝の目の前に、淡い光を放つ水晶でできた丸い鏡のような物が現れた。

 鏡は、火武輝の問いに答えるように、自分を抱きかかえたハナの姿と、ハナに向かって歩き出しているアルデリスタの姿を映し出す。


 ーー花水楼は、無事です。ですが、花水楼を殺そうとアルデリスタがすぐ側まで迫っています。もう時間がありません。


 『分かった!でも、どうやったらここから抜け出せるんだ?それにこの鎖、何とかできない?』


 ーーすみません。私にはその鎖を断つ事はできません。ですが、今の貴方ならそれができるはず。意識を集中させ、頭の中に浮かんだ言葉を口にしてください。それが、封印を解く鍵です。


 『うっ、うん。......なんだか分かんないけど、やってみる!』


 火武輝は言われるがままに目を閉じた。

 この声の正体が誰なのか色々と疑問は残るが、今はそんな事を考えている暇は無い。

 意識を集中させ、自分の精神の奥深くへと潜り込んでいく。


 やがて頭の中に、二つの言葉が浮かんできた。

 火武輝がハナを助けたいと思えば思う程、その言葉は鮮明になっていく。

 そして、ついにはっきりと読み取る事が出来た。

 火武輝はカッと目を見開き、一つ目の言葉を口にした。


 『神聖励起アクセス!』


 すると、黄金の鎖はパリンとガラスが割れたように砕け散り、それと同時に、火武輝の内から熱いモノが噴き出した。

 まるで太陽を我が身に宿したような、すさまじいエネルギーが、火武輝の全身を駆け巡っていく。


 『すっ......すっげー!何だこれ?!』


 ーーそれが貴方の本当の力です。力の使い方は分かりますか?


 火武輝は、戸惑いながらも頭を縦に振る。

 理由は分からないが、不思議と力の使い方が理解できた。

 さながら、前世の記憶を取り戻したように、自分の知らない情報が頭の中に溢れてくる。

 これならアルデリスタを止められる。火武輝はそう強く確信した。


 『......誰だか分かんないけど、ありがとう』


 ーーいいえ、礼など言わないでください。貴方にこんな大変な事を押し付けてしまって、本当にごめんなさい。

 

 『......よく分かんないけど、あんたは悪くない......そんな気がする。それに、おかげでハナを助けれそうだ』


 ーー火武輝.....。どうかご無事で。私はいつでも貴方達を見守っています。


 その言葉を聞き、火武輝の顔が少しほころんだ。

 まるで父のような深い愛情を、その言葉から感じ取ったからだ。

 

 『うん、ありがとう。......んじゃ、行ってくる!』


 火武輝は目の前に広がる暗黒に向け、最後の言葉を言い放つ。


 『夢幻創造リメイク!!!』



       *



 歩く度に足下の砂利じゃりがザッザと音を立てた。

 先ほどまで全身を取り巻いていた激痛も、今は毛程の痛みも感じない。

 最大治癒魔法ーー<女 神 の グランド ヒーラー>を使用し、ダメージを全回復したからだ。

 まさか悪魔の中でも最高位に位置する自分が、たかが人間如きにここまで後れをとるとは夢にも思っていなかった。

 巨石をも砕く悪魔の攻撃をものともせず、自分に治癒魔法を使わせるほどの深手を負わすなど、到底人間業ではない。

 認めたくは無いが、魔法攻撃が有効でなければ、負けないにしても、かなりの苦戦を強いられた事だろう。


 (くそっ......こいつは一体何者なんだ......)


 いくら考えても納得する答えが見つからないアルデリスタは、奥歯を噛み締めながら花水楼かむろの目の前で足を止めた。


 アルデリスタがすぐ目の前に立っているにも関わらず、花水楼は火武輝ひぶきを抱きかかえたまま、一向に動こうとはしなかった。

 弟が死に戦意を完全に喪失したのか、さっきまでの禍々しい殺意は、波一つたてない海のようにいでいた。


 (こいつが何者か考えるのは後だ。今は一刻も早く、不安材料を消しておかなくては......)


 アルデリスタは、花水楼を見下ろしたまま右手を天にかざす。

 そして、魔法を発動させるため、内にあるエーテルを掌に集中させた。


 このエーテルとは、誰しもが持つ生命エネルギーの事である。

 人間界では、オーラや魔力といった名称で呼ばれる事が多い。

 魔法を使用するには、このエーテルを消費し、炎や雷といった様々な力へと変換し発動させる。その際に浮かび上がる魔法陣は、いわば、魔法を構成する設計図のような物だ。


 アルデリスタはハナにとどめを刺すため、数ある魔法の中から処刑に最適なものを選択した。広げた掌の上に魔法陣が展開され、その中から勢い良く炎が上がる。

 青く妖艶に燃え上がる炎は、次第に剣の形を形成していき、やがて、摂氏せっし三千度を超える魔剣『グラナディア』が姿を現した。

 鉄など容易く溶かしてしまうそれは、紅蓮の炎に包まれた逆十字を彷彿させた。


 『人間の割にはよく頑張ったわ。でも、ゴミ如きが、このアルデリスタ様に勝てるはずないでしょ?じゃあ、今度こそちゃんと殺してあげる!』


 アルデリスタはグラナディアを掴み、花水楼の首めがけて振り下ろす。

 肉が焦げる臭いが辺り一面に充満すると共に、花水楼の頭がころんと地面に転がる......はずだった。しかし、アルデリスタが見たものは、まったく別の光景。


 『なっ!!!』


 アルデリスタは、思わず驚きの声を上げる。

 なんと、グラナディアが花水楼の頭上30センチで止まっていた。

 いや、止められていたのだ。


 それは手であった。


 黒いトライバル柄の紋様が、入れ墨のように腕全体を覆っている。

 だが、それだけでは無い。腕には手の甲から肩にかけて、五つの金色の玉が直線上にはめ込まれている。その玉の中心に黒い縦線が入っており、爬虫類の目を思わせる不気味な輝きを放っていた。明らかに人間のモノでは無いその腕が、先ほど引きちぎったはずの火武輝の右肩から伸び、グラナディアをわし掴みにしていたのだ。


 『ハナは、殺させない』


 その言葉と共に、火武輝の鋭い眼光がアルデリスタを捉えた。

 それは、大型の肉食獣が獲物を狩る時に見せる、冷徹な瞳と同じであった。


 アルデリスタは瞬時にグラナディアから手を離し、後ろへと飛び退いた。

 その距離、およそ20メートル。

 火武輝から放たれた禍々しい殺気に耐えかねたのだ。


 火武輝は、グラナディアを掴んだまま、ゆっくりと立ち上がった

 破れた学ランの隙間からは肌の色が覗いている。右腕はおろか、負った傷や貫いたはずの心臓までもが、何事もなかったように回復していた。


 (なっ、なぜ!......なぜ生きている?!)


 アルデリスタの顔が凍り付く。

 確かに、魔法によって死者を蘇らせる事は出来る。

 しかし、それには膨大なエーテルが必要だ。

 悪魔の中でも最高位であり強大なエーテルを保有しているアルデリスタでさえ、死者を蘇らせるとなると九割以上のエーテルを消費しなければならない。残った1割程度のエーテルでは、低位魔法を2発打つのが限界だ。それほどまでに、蘇生魔法とはエーテルの消耗が激しいのだ。


 花水楼が火武輝を蘇らせたのか?いや......それは考えられない。

 先ほどの戦闘で、花水楼がエーテルを使用出来ない事は確認済みだ。

 それなら、火武輝が蘇生魔法を?......だとしたら、なぜ奴からエーテルの反応を感じない?


 (分からない......一体なぜ)


 いつしかアルデリスタの額には、大量の汗が滲み出していた。


 火武輝は、掴んでいたグラナディアを花水楼の頭上へやり、つぶやく。


 『夢幻創造リメイク


 次の瞬間、グラナディアが弾け、光の粒子となって花水楼の上に降り注いだ。

 粒子は花水楼の傷口に入り込み、みるみる傷を癒していく。


 (なんだ......あれは?!)


 その状況を注意深く観察していたアルデリスタの目が細められる。

 人間の中にも、まれに魔法を使える者はいる。

 エクソシストや退魔師と呼ばれる者達がそうだ。

 しかし人間は、天使や悪魔に比べてエーテルの総量が非常に少ないため、単体では力を発揮する事が出来ない。そのため、天使や悪魔と同等のエーテルを保有する精霊などと契約し、その力を借りて魔法を行使するのだ。


 だが、火武輝が行った行為は、まったく別の何かだった。

 魔法を発動する際に浮かび上がる魔法陣や、精霊の姿はおろか、微量のエーテルすら感じ取れないのだ。それは、魔法の知識に長けたアルデリスタでさえ、説明出来ない現象であった。


 しかし、少なからず分かった事がある。

 どういう訳か、蘇った火武輝は、魔法にも似た力を有しているという事だ。

 それもアルデリスタと互角か、それ以上の力を......。


 (クソッ!あの女の異常な戦闘能力といい、こいつといい、一体どうなってるんだ!?)


 ますます謎が深まる中、アルデリスタは沸き上がる恐怖を押さえ込み、二人を睨みつける。


 『......ひーたん?』

 

 未だ状況が呑み込めず、呆気にとられている花水楼は、火武輝を不安げな顔で見上げていた。

 そんな花水楼の頭を優しく撫で、火武輝はニコリと笑う。


 『心配かけて悪かったな、もう大丈夫だ。......後は、僕がやる』


 花水楼からアルデリスタへ視線を戻した火武輝は、ゆっくりと歩き始めた。

 徐々にアルデリスタと火武輝の距離が縮まっていく。

 このまま距離を詰められるのはまずい。そう感じたアルデリスタは、すぐさま魔法を発動させる。


 『雷光弾エレクトル アロー!』


 アルデリスタの指先から、青白い雷光が発射された。

 レーザービームのように、一直線に火武輝の胸めがけ雷光が走る。


 火武輝は異形な右手で、それを軽くはじく。

 急に角度を変えられた雷光は、瞬く間に天へと吸い込まれていった。


 (ちっ、やはりあの右腕......魔法攻撃をはじくのか!ならば......)

 

 アルデリスタは、両手の掌を前に突き出し火武輝に向ける。


 『爆炎昇龍破アルカント レギオン!』


 突如、火武輝の足下に直径10メートルを超える魔法陣が現れ、その中から巨大な火柱が上がり、天を貫いた。まるで火山が噴火したたように、灼熱の炎が火武輝を取り囲む。さすがに高位の炎系魔法は防御しきれないのか、火武輝の体はボロボロと炭化していき、ぐらっと大きく揺れた。


 ーー勝った!


 アルデリスタが歓喜の表情を浮かべようとしたその時。


 『夢幻創造リメイク


 その言葉を最後に、業火は一瞬にして掻き消え、光の粒子となって火武輝の傷を癒していった。


 『あっ......ありえない......なっ、なんなのよ貴方......』


 アルデリスタは恐怖のあまり、無意識の内に後ろへと下がっていた。


 『......もう止めにしないか?お前じゃ僕に勝てない。それに......僕はお前を殺したくないんだ。たとえ、お前が多くの命を奪っていたとしても......』


 火武輝は、哀れみを感じさせる目でアルデリスタを見つめた。

 

 『いつだって人生は一方通行だ。引き返す事なんて出来ない。......でも、進む道を変える事ならできるはずだ!だから頼む、揚羽あげは!』

 

 懇願する火武輝に、いつのまにかアルデリスタの体が震えていた。

 それは、恐れや、火武輝から投げかけられた優しさからくるものでは無く、怒りからの震えであった。四大悪魔王ディアボロ フォースである自分が、人間ごときに情けをかけられ、その挙げ句、説教までたれられたのだ。これほどの屈辱は無い。怒りのあまりアルデリスタの顔が大きく歪む。


 『......私に......この私に......』


 アルデリスタは、火武輝を睨みつけ怒りをぶちまける。


 『命令するなーー!!!』


 突如、アルデリスタの体が膨れ上がった。

 筋肉はみるみると発達していき、セーラ服を引き裂いていく。

 獣を彷彿させる黒々とした体毛が全身を覆い、頭からは4本の太い角が伸びる。

 美しかったはずの顔は、牛にも似たモノへと変わり、爪や牙は月の光を受け暴力的な輝きを放つ。背からはコウモリを思わせる大きな翼を生やし、体長5メートルもあろうか巨体を軽々と宙に浮かせた。


 これこそがアルデリスタの正体。全エーテルを解放した真の姿。

 それは、まさに悪魔と呼ばれるに相応しい風貌であった。

 地に降り立ったアルデリスタは、火武輝を見据え低いうなり声を上げた。


 『遊びは終わりだ!二度と再生できないくらい、跡形も無く消し飛ばしてくれる!くらえ!業火爆裂破斬襲ラノ クライシス!!!』


 アルデリスタが唱えたのは、最高位の炎系魔法。

 自分の体を灼熱の塊に変え、超高速で相手にぶつける絶対不可避の攻撃だ。

 自身への負荷も大きいため奥の手とも呼べるものだが、その効果は絶大であり確実に相手を粉砕する。身を引き裂くような激痛を鋼の意志で押さえ込み、アルデリスタは火武輝めがけて地を蹴った。


 『死ねえぇぇぇええええー!!!』

 

 超高温により地面を溶解させながら、隕石と化したアルデリスタが火武輝に迫る。

 あまりのスピードに衝撃波が生まれ、周囲の木々がなぎ倒される。


 『バカやろおおぉぉぉぉー!!!』


 哀しみの咆哮を上げ、火武輝もアルデリスタに向かって走り出した。

 両者が激突するその刹那せつな、燃え盛るアルデリスタに向け、火武輝は右手を突き出し言い放つ!


 『夢幻創造リメイク!!!』


 次の瞬間、アルデリスタを中心にまばゆい光が放射状に広がった。

 目を開けていられない程の神々しい光の中、アルデリスタの体が徐々に変化していく。

 全身から光の粒子を放出させ、みるみる原型が失われていくのだ。

 そんな中、アルデリスタは自分の存在が薄れていくのを感じていた。

 まるで、自分を構成している全ての物を、一度素粒子の段階にまで分解し、まったく別の何かに作り替えられているような感覚がアルデリスタを包んでいく。

 やがて、意識までも粒子と化したアルデリスタは、巨大な光の渦となり急速に一点へ収縮していく。凝縮しきった光は、一滴の雫へ姿を変え、こぼれるように地面に落ちた。


 数秒後、地面が小さく盛り上がり、そこから青々とした若葉が芽を出した。

 雲から顔を出した満月が、新しい生命いのちを祝福するように若葉を優しく照らし出す。

 それは、汚れなど一切感じさせない、純粋無垢な命の輝きであった。

 海から吹く潮風が若葉を揺らす。火武輝は、変わり果てたアルデリスタを見つめ、寂しく言葉を落とした。


 『バカやろう......お前は本当に......バカやろうだ』


 静けさを取り戻した海浜公園に、火武輝のすすり泣く声だけが響いていた。

 

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