蜃気楼
「あなたは……誰?」
かおりの目の前には、それはとても不思議な光景が広がっていた・・・道行く全ての人々の肩の上に、小さな「人」が乗っているのであった。
それは、男性の肩には女性らしき「人」が、女性の肩には男性らしき「人」が乗っていた。
「なぜ、こんなに見えるんだろう?」
かおりには、その「人」の存在よりも自分の目に映る「光景」の方が不思議だった。
以前からかおりは、自分の肩に「人」が乗っているのを知っていた。いつの頃からだろう?気がつくと自分の肩に「人」が乗っていた。
何度も何度も話し掛けてはみたが、その「人」は答えてはくれなかった。ただ微かな笑みを浮かべながら……しかし、どことなくうつろな目で虚空を見つめていた。
「なんで…なんで、こんなに一杯見えるの?」
すでにかおりの中では、その「人」は”存在するもの”として認識はしていた。しかし、それはあくまで”自分の肩に乗っている”という存在であり、それが他人の肩に乗ってるのを見た事は今まで一度も無かったのである。
その光景に戸惑っていたかおりは、その場に立ち尽くしていた。
しばらくするとかおりは段々とその光景にも慣れてきて、それぞれの「人」を観察するようになってきた。さっきまでは気がつかなかったが、それは人間と同じく様々な顔をしていた。
ただ・・・どの「人」もかおりの肩に乗っているのと同じく、うつろな目で虚空を見つめていた。
「あ……」
目の前の横断道路を渡っている男性の肩を見た時、かおりは思わず声をあげた。それまで肩に乗っていた「人」の背中に羽のようなモノが現れ、ふわりと肩から飛び立ち……その男性の顔の前へと移動した。
「一体どうしたんだろう?」
そんな疑問を持ったかおりは、もっと近くでその「人」を見ようと近づいていった。
「………だめ………まだ早い…………」
突然、かおりの耳元に声が聞こえてきた。
「え!?」
その声に驚いて、かおりは思わず足を止めた。
…次の瞬間…
男性の目の前に居た「人」は悲しげな表情に変わり、その場から飛び立っていった。次の瞬間……信号無視をしてきた車が、その男性に向かって飛び込んでいった。
「………何なの?今のは………」
突然の出来事に、かおりは呆然としていた。
「もし……もう少し先に進んでいたら……自分も巻き込まれていた……」
そんな事を考えながら、ただ呆然とその光景を見つめていた。周りには人が集まり、輪を作っていた。
車に跳ねられた男性は既に事切れているようであった。それを見た車の運転手は事の重大さに、その場に泣き崩れていた。
そんな光景もかおりには気にならなかった。それ以上に、あの「人」の行動・・・・・・そして、自分を呼び止めた「声」の方が気になっていたのだった。
「あの声……」
かおりが呟いた瞬間……
「……聞こえたのね……」
また耳元で声がした。その声の方へ顔を向けると……そこには以前から居たのとは別の「女の人」が肩の上に乗っていた。
「え!?」
かおりが驚きの声をあげると「彼女」は静かにかおりに語りかけてきた。
「あなたはまだ早いのよ……まだあっちには行ってはいけないの……」
今まで話し掛けても一度も答えてくれなかった「人」が向こうから話し掛けている……その事実に、かおりは今まで溜めていた思いを一気に「彼女」にぶつけた。
「あなたは誰?誰なの?なぜ私にしか見えないの?あなた達って……何なの?どこから来たの?」
……しかし、「彼女」はそれ以上何も喋らなかった……
「ねぇ?答えて?なぜなの?教えて!」
かおりが再度問い掛けた時「彼女」はすっと立ち上がり、かおりの方を向いた。
「……知らないほうが幸せなこともあるの……」
そう言い残して「彼女」はかおりの肩から飛び立っていった……次の瞬間、かおりの意識が遠のいていった。
どれくらいの時間が経ったのだろう………かおりが意識を取り戻した時は、普段の見慣れた風景が広がっていた。その風景を眺めながら、かおりは今起こった出来事を思い出していた。
「……まだ早い……か…」
かおりには少しだけ理解できたような気がした。あの「人」の存在は何を意味するのかを…あの「人」の行動は何を意味するのかを…
「……そっか……もうちょっと頑張れって事か」
かおりは深く深呼吸をして……おもむろに鞄から携帯を取り出して電話をかけた。
「……あ!健司?……ねぇ?今から会えないかなぁ?……会って話したい事があるの……」
楽しげに電話をする彼女の足元には睡眠薬の瓶が転がっていた。