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第六話 ドッペルゲンガー

 生々しい臭いが鼻を刺し、目を覚ました。死体が臭いを漂わせてきているのだろうか。軽く目を開けてみるが、そこは眠る前と比べて変化は感じられない。気だるく体を起こし、上を見上げたが真っ暗で天井が存在するのかもわからない暗闇。周りは壁、壁、壁……。床にはいくつものスイッチと倒れる二人の男。男達から流れる血は心なし黒く変色し始め、粘り気を帯びている。


 壁に背もたれした状態で腕組みをして、考えに耽った。


 腕輪を外すためにスイッチを押すしか選択肢はないのだろうか。腕輪が爆発する事は身に染みて理解している。親切にも不親切にも、隣の部屋には≪ここを爆破しろ≫などと文字で示されている。予想できるように腕輪を外してソコヘ置いて爆発させろと言うのであろうか。だが隣の部屋へのドアを開けようとすれば、腕輪は爆発するだろう。その事はドアの側で死んでいる男の背中が無言で語っている。もしかして、上に出口があるのではないだろうか。光が射していないため、高い所に扉があるのではないだろうか、なんてことを想像してしまう。


『ガチャッ……ギー……』


「ん?」


 向こう側からドアが開かれていく。すっかり忘れていた。何処から現れているのか分らないが、何時間か前は自分もその中の一人だった。


 既に生きることを諦めていた俺に曙光が射したようだった。


 今までの疲労のためか倒れそうになる体を起こし壁に背を着け、持ち堪える。


『コト……』ドアの側でうつ伏せに倒れている男にドアが当たり止まった。色々な事が頭の中をよぎり、言葉を失い、なぜかその様子を炯眼していた。


 人の外形をした姿がゆっくりと部屋へ入ってくる。入ってくる人影に伝えるべき事はある。スイッチは踏ませない必要があったし、ドアは開けておく必要がある。俺は焦りと混乱で強い口調になっていた。


「おい!! 動くなよ!!」


『ギー……』ドアが閉まりそうになる……。ドアが閉まったら……もう出られないであろう……。


「ドアを閉めるな!!」


『カッチャッ……』俺の声高な叫びは人影に届かずに扉は閉じられた。俺の精神は壊れそうだ。


「バカ!! ドアを閉めやがって!!」


 俺の感情は高鳴り自然と罵声を浴びせたが、人影は反論した。


「どう言うことだよ! 動くな! 閉めるな! とかって動かずにドア閉めることなんて出来ないだろ」


 俺は呆気に取られた。男の声だったが……その言葉には、聞き覚えがある。いつ聞いたのだろうか……それは思い出せない……。


「なんちゃって」


 俺はその言葉を聞き、さっきの男を思い出していた。ゲーム感覚でスイッチを押される危険を少なからず感じる。どう言った心理でそんな言葉が出るのか分らないが、どんな状況に置かれているのか、まだ理解していない彼には言えるのかもしれない。


「聞き覚えあったでしょ? あんたをここから出してあげるから大丈夫だよ」


 男の口調は普通だが、その声は確かに聞き覚えがある……。


 俺の声か?……。


 部屋の暗さで判らないが姿、形はまるで自分を見ているようで、首を傾げた。


「大丈夫だからスイッチ押してみなよ」


 男は淡々と事を進めようとしている。口調は温和なものを感じるが、まるで自殺を強要されている様だ。薄っすらと見える男の右腕には、例の腕輪が嵌まっている。


「俺が押すとダメなんだ、あんたが押さなきゃ」


「どう言うことだよ」


 俺は理解に苦しんだ。男の言いたいことがわからない。仮に押したければ無理やりにでも自分で押せばいいのに、なぜ俺が押さなければならない?


 彼は、ここの事を知っているのではないだろうか。俺をそう思わせるのは、既に確認済みであろう血だらけになっている二人の男を見ても何も言わないからだ。普通の人間なら、この驚愕な映像を目にすれば黙ってはいられない筈。普通の人間で無いのなら話は別だが……。


 しばらくの間、沈黙が闇を支配すると男は今まで俺に起ったことのすべてを話し始めた……。


 床のスイッチは腕輪のスイッチであること……。


 壁の側で死んでいる男のこと……。


 ドアの側で死んでいる男のこと……。


「まだ俺を信じられない? スイッチを押しなよ」


 俺は、俺の身に起きたことを話されても信用することはできなかった。俺が黙っていると男はそっと俺に近づき、俺の左腕を自分の頭に置いた。


 俺の左腕とは、そう……腕輪の嵌められた腕だ。俺の腕の上に自分の右手を置き、頭に蓋をする様に添えた。その姿はまるで自分の分身を見ているようで、瓜二つだ。


「俺がもう一人?……」


「しー……」


 男は俺の鼻の前で人差し指を立て、俺の言葉を遮った。


「これでいいでしょ?もし、あんたの腕輪が爆発すれば俺も死ぬ」


 完全に話を避けられた。触れてはいけない話題なのだろうか。俺がもう一人……。


 俺は神経をスイッチへ戻した。


「いいだろう……押すよ……」


 俺には難しい事はわからないのだが、一人ではないのならと思うこの心理状態はきっと心理学的に説明のつく事なのだろう。悪く言えば道連れがいれば損をするのは自分だけではないのだからと思い、思い切った事もできる。ここまできて押す勇気が持て、右手でスイッチを押した……。



『ピッ!……』今まで何度となく耳にしたこの音だが、今では鳴るたびに無意識に反応してしまう。小動物が何かの気配を察知するかのように。


「大丈夫だから、大丈夫だから」


 俺の心は既に半分死んでいた。もう一人の俺は俺の脅えぶりを見てか、しきりに大丈夫と言う言葉を口にする。


「大丈夫……大丈夫……」


 男の声は段々と小さくなり、俺の耳元で囁き声に変化していく。その声を聞くと俺は取り乱すことなく、どことなく落ち着けた。


『ピッ!……ピッ!……チッ!……』俺の左腕に何かしらの反応を感じた。腕輪の一箇所が切れ、外せる状態になっている。


「外れた………」


「ほらね」


 これは偶然なのか。男の言う通りに俺の腕輪は外れた。右手に腕輪を持ってみると、さほど重くないはずの腕輪だが左腕に活力を蘇らせる。腕輪に自分の左腕の生死を支配されていたのは他でもなく、自由を取り戻した。


「じゃぁコレは俺が持ってるね、危ないから……次はドアを開けて」


 もう一人の俺へ腕輪を渡して言われるままにドアノブへ手をかけた。


「いいのか?」


 もう一人の俺は平気な様子だった。不安や怪訝など微塵も感じさせない。


「あぁどうぞ、なにも起こらないから大丈夫」


 まるで先のことがわかるかのような素振りだった。自分だけ助かれば言い訳ではないが、俺には危険性は無い。俺は死の恐怖から開放され、次第に平常心を取り戻していく。だが、それとは逆に訝しさが増していくのを感じるが、素直に男の言葉に従いドアノブを回していた。


『ガチャッ……』アノ音は鳴らなかった……。


「なんで? なんで鳴らない?」


 俺には不思議に思えたが、それと同時にこの男がここのこと、この部屋のすべてを理解していると思い至る。


「俺は全部知ってるから……隣の部屋にコレ置いて来なよ」


 腕輪を手渡され、言われるままに隣の部屋へ入った……。


 なんだろう……この感じ……部屋の空気が暖かく感じ、現実へ帰ってきたかのような錯覚をした。隣の部屋が現実ではないという訳ではないのだが、現実離れした部屋の風貌である事は言うまでも無い。


 俺は静かに腕輪を置くと、大理石の部屋へ戻った。


 ドアを見ると男が自分の靴を片方脱ぎ、閉まらないようにドアを靴で引っ掛けていた。


 だが……。


 俺が部屋へ戻ると男の態度は急変した。俺を後ろから羽交い絞めにしたのだ!


「おい! なにするんだ!!」


「これからは、俺と運命を供にしてもらう……ここから先の事は知らないんだ」


 尻餅を着く格好で床へ叩きつけられ、ものすごい腕力で後ろから首を絞められている。床に広がる血が俺の衣類に付着した。


「お前がこれから押すスイッチで俺のが爆発したら、お前も道連れだ。置いてきた腕輪が爆発する事を祈るんだな」


「うぐ……」


 苦悶する……。自分に首を絞められているようで怨嗟が込み上げてくる。


 もう一人の俺は両腕で俺を締め上げてくる……両手で外そうとするが抜けない……。


 奴の右腕の腕輪が不気味に見えている……。


「さぁ……押せ……」


 もう一人の俺は俺の耳元で、囁くように呟いた……。


 くそ……。もう声も出ない……。


 我慢の限界が近づき俺は無心でスイッチを押した……。


『カチッ!……ピッ!……』何度となく耳にしてきた音が部屋へ伝播する。


 運命を分かつ時が近づいている……。


『ピッ!……ピッ!……』腕輪がどうのこうのではなく、奴の絞め上げで俺の意識は失いかけ、死を覚悟する。自分に殺されるようでやるせない怒りが俺の体を駆け巡る。


 審判の時は来た……。


『ボン!!……』


 爆音が鳴り響いた……。


 奴の腕輪が爆発した事がわかったが、呻き声を上げる間も無く、意識は微かなものへと姿を変えた。


 奴の右腕と……俺の首は……吹き飛んでしまったのだろうか……。


 どんなに力んでも、目を開ける事はできない……。


 俺の意識は自分の体から離れていく。


 俺の目は閉ざされ、そのまま闇の世界が広がっていった……。


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