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第五話 生ける屍

 真っ暗な部屋に、しばし沈黙が流れる……。


 部屋には、俺とドアの側に立つ男が呆然と無言で立ち尽くしていた。


 無理も無いだろう……。爆発音と共に男の右腕が吹っ飛ばされたのだから。その男は壁際で横たわり……自力で動く力は残されていない。もう、生きていないだろうか……。



「爆発しちゃったね」


 軽い口調で男は声帯を動かす。この人は平気なのだろうか? 自分の置かれている状況を把握できているのだろうか。俺は静止していた思考を僅かながらにその活動を開始させた。


 爆発しちゃったねって……。自分の耳を疑うが、確かに男はそう言った。


「もう一個、押していい?」


 男は少し屈み、軽い感覚で床のスイッチに手を伸ばしていた。


「待て! 待て! あんた何を考えてる? 死にたいのか?」


 俺にはこの男の考えていることが読めない。壁際に目を流すとそこには血だらけの男が横向きに倒れ込んでいる。床のスイッチを押す行為が、自分の死に直結する可能性のある行動である事は理解できるはずだ。普通の人間であれば、押したいなどと思う筈は無い。


「死にたいのか? なんて聞かれると死にたいのかも……どっちでもいいかな」


 男は軽快に軽い口調で答える。その声には危機感は全く感じられない。


「押さないでくれるかな? 俺……死にたくないし……」


 この男を刺激しないように、やさしい口調で俺は懇願する。俺は壁に背もたれし、無意識に左腕に着けられた腕輪を見つめていた。これが爆発したことを考えると悪寒が走る。まるで倒れている男が自分の未来の姿のように思えずにはいられなかった。



 腕輪が爆発して死ぬ。そんな死に方をこの男は望んでいるのだろうか。


 俺の言葉は男の心に届かなかったのか。男は次に押すスイッチを選んでいるようだった。男の行動に目を凝らすと右腕に腕輪が見えた。


 この人は右腕に……自分とは別の腕に着けられた腕輪を見つめ左と右で何かが違うのか訝しさを抱いたが、当然のようにそこに答えなどはない。


『カチッ!……』この音は、まさか!?……。何度も耳にしてきたこの乾いた音が何の音であるのかはすぐに認識できた。


「押しちゃった」


 まるでゲームでも楽しんでいるかのようなふざけた声でおちゃらける。この男にとってはゲームなのかもしれないのだが。そう思うと胸に熱いものが込み上げてきた。


「やめろよ!!」


 俺の怒号は虚しく部屋に伝播する……。


『ピッ!……ピッ!……ピッ!……』同じ間隔で刻むこの音が耳につくと動悸が加速し、額に汗が少しずつにじみ出て、湿り気を帯びてきた。そして右手を無くした男の姿が脳裏をかすめる。


………………


「ふぅー」


 未だ心臓は高鳴っていた。少なからずの嘔吐感も胸に覚えた。それに、男への苛立ちも。


「ハズレだったね」


 なにを取ってハズレなどと言えるのだろうか。爆発する事が当たりなのか?


「スイッチを押すのをちょっと待ってくれるかな……」 


 大声を上げ発狂しかねない精神を俺は押さえ込み、再び男を刺激しないように、やさしい口調で言ってみせた。内心、怒りが脳天を駆け上がり気が狂いそうだ。きっと声は震えていたことに違いないであろう。


 危険なのは、この男が機嫌を損ねると何をしでかすか分らないことだ。気分的には、この男を身動きできないぐらいにブン殴りたいぐらいだった。だがそんな暴力行為は好きじゃないし、悲しいことに自分の腕力にも自信が無い。もしかしたら逆にブン殴られて床に倒れるのは自分かも……と想像できる。そのため、この男の気を紛らわすことでもしないと、きっとまたスイッチを押す雰囲気を感じた。


 思考を働かせてここで起きた事を思い出してみると、隣の部屋の片隅に≪ここを爆破しろ≫って文字が書かれていたのを思い出した。話の流れをスイッチから離そうと思い、文字のことを聞いてみる。


「隣の部屋にさぁ、ここを爆破しろって文字あったよね?」 


「そんな字あったっけ?」


 男は見逃していたようだ。俺は、ここから出られるであろう方法を男に提案した。


「ここのスイッチで腕輪を外して、隣の部屋へ置いてきて、ここのスイッチで爆破させるんだよ。きっと、それで出口が……」


 不安げに話すその声に男は大した興味を持っていないようだったが、その立ち上がるとドアノブへ手を伸ばしていた。スイッチから離れるのを見ると少しばかり安心できる。


「ちょっと、見てくるわ」


 そう言うと男はドアノブを回した。


『ガチャッ!……ピッ!……』驚愕した。驚くべきことに男がドアノブを回すと、アノ音が鳴り始めた……。


「俺は押してないぞ」


 男は俺にそう告げたが、嘘ではない。ドアの側から届く位置にスイッチはないからだ。俺も、もちろん押してない……ドアノブか?


『ピッ!……』


 2人の時間は止まっていたが、ソノ音は時間を刻む事を忘れない。止まらない……。


『ピッ!……ボン!!……』ものすごい爆発音と共に男は煙に撒かれてその場にうつ伏せに倒れた。男の右腕は体の下敷きになり、腕輪が爆発したのかは確認できない。


 どうなっているんだ!


「おい!! おい!!」


「うぅ……」


 大声で呼んだが男は苦しそうな声を上げ、静かに動きを停止させていった。


 どこか心の中で安心していた。要危険人物が動かなくなるのを確認して。人が目の前で死ぬのを見て安心した自分の心は腐り始めているのかとも思い、哀しくなった。情緒不安定に涙が頬を伝う。


「もう……出ることもできないのか……」


 興奮冷めやらぬ中、俺は床に横になり平静を取り戻そうとするが、どうにも出来ないこの状態にすべてを諦めて死を覚悟していた。


 ゆっくり目をつぶると、死ぬようにして眠りについた……。


 もう……俺は、死んだも同然だ……。生ける屍……。



………………


 何時間、経過しただろうか……もう、そこに時間の感覚は無かった……。


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