第一話 死のスイッチ
「うわぁ!!」
俺は夢から目覚めた。悪夢でも見ていたのかな……起きた瞬間、不思議と夢のことは全て吹き飛び、記憶していない。
俺は汗で濡れた体を起こすと、真っ暗な部屋にいることに気付いた。
「どこだ? ここは……」
自分の部屋では無いのはすぐに分ったが、いつものように電気のスイッチに繋がれた紐を掴もうと手を伸ばすと、案の定、俺の手は力なく空振りする。空振りしたその右腕には、時計のような物が嵌められていた。
「なんだこれ?……」
部屋の暗さのため、はっきりと確認はできないが銀のメタリック調の腕輪かと思われる。いろいろな角度から触れてみたが、外せる気配はない。
次第に目が慣れてくると、部屋の様子が薄っすらと見えてきた。おおよそ九畳ぐらいの広さだろうか、正方形の床は板張りで、壁も木材で統一されている。天井はさほど高くは無いにしろ、手の届く高さではない。それよりも周りを見渡すと窓も電気もないし、部屋には木造のドアが1つあるだけだった。
この明かりひとつ無い閑散としたこの部屋は、不気味な風貌で次第に俺の心を暗く、沈黙の闇へと染めていく。人の思考を停止させるような無の空間のようだった。
俺は視界に入るドアを恐る恐る開けることにした。ドアの向こう側が気になり、そっとドアへ耳を添えるが物音ひとつない。
意を決して俺は眉間に皺を寄せ、ゆっくりとドアを開けた。
『ガチャッ』静か過ぎるせいか大げさに音が響く。ドアは半分ぐらい開くと何かに当たって開かなくなった。ドアの向こう側からは気のせいか、ひんやりとした冷たい空気を感じる。今まで居た部屋とは違う何か不気味な感覚に捕らわれそうになったが、暗闇に吸い込まれるように中に入っていった……。
その瞬間だった……。
「おい! 動くなよ! 動くな!」
部屋の奥から男の叫び声が響く。その大きな声で俺は体が竦み、ドアノブから手を離した。俺の頭部は部屋の状況を理解しようと激しく目線を走らせる。ドアはギーッと音を立てながらゆっくりと閉まっていった……。
「おい! ドアを閉めるな!」
先程を上回る更に大きな声で、部屋の奥にいる男が叫んだが、時既に遅くドアは力なく閉じられた……。
「バカ! 閉めやがって!」
「どう言う事だよ! 動くな! 閉めるな!って、動かずにドア閉めることなんて出来ないだろ?」
俺は理不尽な指図に思わず大声で言い返していた。
「屁理屈言いやがって」
男の罵声を気に留めず、細目で周りに目を凝らすと、奥の壁に背もたれしている男が薄っすらと見えた。部屋の広さは先程の部屋の広さと同じぐらいだが、床と壁は青、白、黒の三色が混ざり合った大理石のような硬い石で出来ているようだ。天井は高すぎるためかその果てを確認する事は出来ない。隣の部屋と同様に明かりになるような物は一切無く、ドアも今開けたドア一つあるだけだ。
俺は不意に下を見ると、うつ伏せに人が倒れているのを発見した。さっきはこの人に引っ掛かってドアが開かなかったのだと納得できる。
「この人は?」
「死んでるよ……」
あっさりとした声で男は呟いた。俺は驚きのあまり心臓が一瞬止まったかのように、ドキッとした。それと共に少なからずの吐き気も催していた。
「死んでるって?」
「そこの奴もな……」
男は壁際を指差していた。右の壁際にも1人倒れているのが薄っすらと確認できる。良く見るとその男の右腕が途中から無い……。
「おい! 動くなよ!」
またもや、男が怒鳴る。
「なんだよさっきから、動くな!って……」
「床を見てみろよ スイッチがあるだろ?」
床を見るといたる所に親指サイズの突起物がある。その突起物も床と同じ材質のようだ。ざっと数えてみて30はあるだろうか……。
「なんだよ?これ」
「このスイッチを押すと死ぬ……」
「意味がわからないのだが」
「腕輪だよ……スイッチを押すと爆発する」
俺はその言葉を聞いたら急に心臓の高鳴りを感じた。自分に嵌められた腕輪を見ると、目まいがする。今までは暗闇に隠されていた壁際に横たわる男の姿が脳裏に浮かび、薄っすらとしか見えていないはずの男の無くなった右腕をはっきりとした映像として想像してしまう。
壁際に横たわる男も、おそらくは自分と同じように右腕に腕輪があり、その腕輪が爆発したのであろう……。自分の近い未来を見ているようで、死を身近なものに感じ始めていた。自然と冷や汗が頬を伝っていた。嫌な緊張感が自分の内側から体中へ伝播し、気を失いそうになる。
出口の無いこの空間で餓死して死ぬか……。
それともスイッチを押して死ねとでも言っているように俺には思えた……。