表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天空魔法師  作者:
4/4

4話目

 ラビラントは地上に向かう途中、意識を失った。

 目を覚ますとそこは漆黒の闇。

 どんなに目を凝らしても闇。

 闇。

 闇。

 闇――――。

 他には何も見えない。

 手探り状態で壁を探し、体を起こした。そして、壁沿いに歩く。

 しかし、濃い闇はラビラントに何も見せてはくれない。

 カチンとスイッチの音がして眩いばかりの光にラビラントは手で目を庇う。

 それでも目は光に慣れず、視界が歪む。


「ようやく、会えた」


 その声はどこか懐かしい。

 光に慣れてきた目で声の主を見ると、元天空魔法師だった女性だった。


「貴女はなぜここに?」

 ここで魔法師に捕まるわけには行かなかった。戦えるように体勢を整える。

 しかし、女性は何も言わない。

「貴女の名前を聞いてもいいかしら?」

 ラビラントは質問ばかりが口に出る。

 女性は困ったように顔を傾げ考えている。

「名前は、ないのだけれど……皆はイヴと呼んでいるわ」


 ―――イヴ―――……


 しっかりと名前を心に刻む。

 魔法師であった女性の名前を。


「ラビラント、ここから早く出ないといけないわ」


 彼女の言葉でラビラントはようやく周りを見回した。


「な、にこれ……」

 絶句したラビラントにイヴは目を伏せた。

 そこには無に帰っていった仲間の身体が円柱の培養液に入っていた。

「ここは……何?」

 イヴは答えない。

「ここは何なのっ!?」

 ヒステリックに叫んだラビラントを落ち着かせようとイヴはラビラントの視界を遮ろうと抱き寄せる。

 しかし、ラビラントの脳裏には仲間の姿が焼きついて消えることはなかった。

「ラビラント、話はあとで。今は身を隠さないと」

「私はっ、私はっ!!」

 ラビラントは言葉が紡げない。

 興奮状態に入っているラビラントを落ち着けせようとイヴはするが、ラビラントはイヴの手を払いのけ仲間の方へと歩き出す。

「こっちに、ラビラントっ!」

「嫌っ!!」

 頭に血が上っているラビラントをイヴは驚くことも困った顔もしない。

 冷静にラビラントを見つめている。その瞳にラビラントは苛立った。

「卑怯よ。力があるから? 天空魔法師をやめた貴女に私の気持ちなんて、分からない。大切な人を失う―――この心が貴女には絶対にわかるはずないっ!!」

 彼女の瞳は静かな湖面のように何を言っても、波は立たない。

 全部受け止めている、そんな顔だった。

「何で、そんなに冷静でいられるのよっ! ここに仲間がいるのにぃっ!!」

 ラビラントの悲痛な叫びをイヴは真正面から受け止める。

「あたしは償わないといけないから」


 償う―――……


「一体、貴女は何なのっ?」

 その問いにイヴは表情を固くしたが、何も答えない。

 ただ、首を横に振る。

 答えられない。もしくは答えるべきではない。

 どちらの意味にしても、ラビラントは血が頭に登っていくのを感じた。

 ギリっと奥歯を噛み締めて、冷静になれと思ってもラビラントは怒りで震える身体を止めることはできない。

 奥歯を噛み締めて拳を握ってないとイヴを罵ってしまいそうだった。そうしなかったのは、一時とはいえ同じ天空魔法師であった仲間であったからだ。

 今、イヴを失うのは簡単だったが、どういう状況なのかを分かっていているのはイヴだけだ。

 今は―――イヴについていくことしかできなかった。


「わかったわ。連れて行って」


 イヴは頷き、歩き出す。その後をラビラントは必死に感情を殺して付いていった。




†      †      †


 歩いている間もラビラントが顔を顰める部屋はあったが……全部ラビラントが今どうこう出来るはずないものばかりで、その苦痛に耐えるだけで十分な拷問のような時だった。

 そしてsの苦痛に耐えようとしたが、目線は周りのものを捉えられず、自然と目線が足元へ移っていった。

 イヴが立ち止まったことにも気づかないほど、下を向いていた。

 前を向いていないので当然、イヴの背中に衝突して尻餅をつく。

 それを見たイヴは目を丸くしたがすぐにニッと笑って手を差し伸べてくれた。

 恥ずかしかったが、その手が暖かく優しかったからラビラントは涙腺が緩みそうになった。こっちに来てから異常なものばかり見たせいで心まで弱ってしまったようだ。

「大丈夫よ」

そう、言いながらもラビラントは掴んだイヴの手を離そうとしなかった。

 温もりに触れているだけで安心できた。

 不安になることも消えていく。


「とりあえず、ここを使って」

 イヴの声は初めて会った時より柔らかく口調が変化していた。

 部屋の中に入ると端から端までラビラントの好みにしているものがぴったりと整えられていた。

 つい、顔が緩みそうになり、慌てて頬を両手でパシンと叩いて、口を一文字に結ぶ。

 ニヤッとイヴが笑う。

 まるで今こうなることを知っていたかのように。


―――それは不気味という感情より

      彼女にはそれがしっくりと馴染んだ感触だった――


 ラビラントにはイヴの存在情報は皆無に等しい。

 イヴはラビラントの何を知っているのだろう。


「未来が、……わかるの?」


 否と言ってもらいたいのにイヴは是と答えるとラビラントは知っていたような気がした。

 そして、その通りイヴは首を縦に振る。


「少しだけ……ね」


 誇らしがらず、見たくないことだったと言わんばかりの自己嫌悪感がイヴの声ににじみ出ていた。

 しかし、ラビラントは頭を抱えた。


―――分かるのなら―――……


ラビラントの考えは己で許せるものではなかった。開きかけた口をまた閉じた。

 そうして、無言が五分ぐらいほど流れる。

 イヴは聞いてこない。

 ラビラントは問わない。


「ありがとう。今回は助かったわ、じゃあ……」


「それは良かった。では……」


 ここで離れていいのかと心臓が煩いぐらいに鳴っている。

 イヴはラビラントがいる場所を知っている。だが、今ここでラビラントがイヴを止めなければ二度と会えなくなってしまうと直感が訴えていた


 関わっていい相手なのかも考えず、言葉を発していた。

「また、来てくれる。そう、でしょ?」

 イヴは、パチクリと目を丸くして微笑を浮かべた。

「ええ、ラビラント。あなたが望むのであれば」

 ラビラントが止めなかったら消えようとイヴは思っていた。

 イヴは同じ魔法師と接したかった。

 懐かしいあの頃に戻れるような……ありえない夢を抱いた。

「また、明日。ここに来るわ」

「うん、また明日。約束」

 そう言って分かれる二人は名残惜しい気持ちが勝って中々別れ難かった。

 それでも時は経つ。

 イヴが部屋を出ていく。

 それを見送ったラビラントはズルズルと壁沿いにへたり込んだ。そのラビラントの表情は笑顔だった。


 ―――皆の……―――


 覇気のない声が脳裏に響く。


「レイウン……分かってる。分かっているわ」


 笑顔が消えて真っ青になって震えるラビラントは感情のコントロールができなくなっている。

 魔法師に会えたことは嬉しいのに、レイウンの望みを叶えたいのに、どう対処していいのか分からない。

 戻れたと喜んでいることができない。

 ラビラントの心は揺れていた。

 このまま逃げるか、レイウンの願いを成就させるためこの世界に立ち向かうか。

 どう考えてみても前者のほうが楽だった。

 だが、ラビラントがそんなことが出来る性悪を持ち合わせていない。


 ―――皆を―――……助ける―――


 心を改めて考えた。

 イヴに聞かなければならないことを一つ一つ丁寧に、近くにあった紙とペンで書き上げる。

 イヴを引き止めて正解だったと先ほどとは違う安堵感があった。

 そうして、眠らずにラビラントは一夜を過ごした。

 とても早い時間に思えた。

 天空ではもっとゆったりと流れていたように感じていた。同じ時間とは思えないほどの過ぎ去る時の速さに身体がついていかない。


 朝食をとった。ラビラントにイヴが訪ねて来た。

 ラビラントはどうしても一つだけワガママを叶えたいことがあった。

「え―――?」

「家族を……遠くから見ておきたいな―――なんて」

 それを聞いたイヴの顔は強ばった。そして、感情のない声で跳ね返す

「やめなさい」

 冷たい言い方にラビラントはムッとなる。

「別に遠くからだって言っているのに。会わないし話しもしない。見るだけだからさ―――」

「やめなさいって言っているでしょう?」

 突き放す冷たい声にラビラントは身体も心も血が上って熱くなる。


「何でっ!! イヴは見たんでしょ!? 何で私はダメなの? 納得いかない!!」

「納得行けば―――いいの?」

「イ……ヴ?」

 イヴは泣いていた。

「貴女には見せたくない―――……」

 イヴは泣き止まず、悲痛に叫ぶ。

 ラビラントは息を飲んだ。

「理由は聞かない方がいい……。だよね。それ程までにイヴはショックだったってことだよね?」

 ラビラントの頭に登っていた血が急速に冷えていく。


 ―――……ごめん……―――


 二つの声が小さく同時に漏れた。

 意味は違ったが、互いを想い合っての言葉である。


「ほら、泣き止んでよ。そうしたら諦める」

ラビラントがそう言うと、イヴは涙を服の袖で拭うが新しい涙が溢れて止まりそうになかった。


 ラビラントは笑う。

 イヴはホッとしたのか泣きながら笑う。


 いつまでも隠せない現実を抱えながらイヴは願う。


 ―――もう少し、このままで―――……


 ラビラントという嵐を送ってきたレイウンに恨みながらも感謝する。


 嵐の前の静けさが来る。


 ―――覚悟は―――……出来ている。


 ラビラントからなんと言われてもイヴにはこの嵐を止めてはならないことを。

 すべて決めたことだけをする。


「イヴ?」

 明るい声でラビラントは呼ぶ。

「ありがとう」

 精一杯の笑顔をラビラントに向けた。


 懺悔の代わりに―――。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ