3話目
―――アイツは……強大な力を持っているがために飼われていった奴だ―――
「レイウン……」
―――飼われるとは一体どういうことなのか……。
ラビラントは檻に入れられたも同然だと思っていた。
だが、ここから脱出できる。その可能性がある印だった。
飼われるという意味は分からないが、ここから地上に戻る方法があることはラビラントにとって僅かだが、希望が見えた。
ラビラントが飼われることで記憶をも戻るのなら……。
家族に会える、頭によぎったのは記憶の復活だった。
しかし、レイウンの言葉はラビラントの考えを打ちのめすのには十分すぎる言葉だった。
「帰る家もない。誰も、覚えている人はいない。何をしてもゴースト。認識されない人。それを抱えて戻ったんだ」
どこまで行ってもイナイものはイナイで通される。
それが、現実。
―――もう、戻れない。
戻る所はない―――……
その事実はラビラントの希望を奈落の底に落とした。
どんなにあがいてもラビラントはイナイものなのだ。
戻ることも逃げることも、できない。
―――誰も、覚えてないのだから―――……
ラビラントが自由で認識してくれるのは……ここ、天空魔法師の人たちだけ。
それなら、ラビラントは天空にいればいい。
ここにはラビラントが望む居場所がある。
ラビラントは自分自身で天空魔法師を望んだ。そして、天空魔法師になったのだから嘆くことなどない。むしろ、願いが叶った、憧れていた天空魔法師なのだと前向きに考えることにした。
今を、楽しむ方法を探す。
ラビラントという少女は死んだ。
今の、ラビラントは……
「―――天空魔法師
ラビラント―――」
皆が憧れる天空の魔法師。
何の不満があるだろうか。不満どころか喜びで狂喜乱舞しなければならないことがおきたのだから、ラビラントは悲しむことなどしてはいけない。
ここにいる人は皆、お互いなんの事情があって、ここにくることになったからないが今、唯一ラビラントを受けれてくれる。
ならば、ここにいるのが本当の天空魔法師。
犠牲を伴うことなど些細なことだ。
ラビラントはすっと心が軽くなった。
「吹っ切れたようだね」
ラビラントの迷いが顔から消えたのを見て、ニッとレイウンが笑う。
「改めて、よろしく。新しい天空魔法師ラビラント」
「ありがとう、レイウン」
前を向くことをすればいいと思えばこそ生きていこうと思い込んでいたラビラントだが、いざ一人で部屋にいると自然と涙が止まらなかった。
†††
―――三年後―――
ラビラントが天空魔法師になってから亡くなっていく天空魔法師を間近で見てきた。
魔法師が亡くなるのはどれも辛く、悲しいものだった。
ラビラントはこの哀しみに笑うことが少なくなっていた。
そして、恐れている自体がやった来てしまった。
レイウンの羽が無くなりかけている。
直に目で命が散る時が見えてしまうのがとても辛くて、ここ数日ラビラントはふさぎ込みがちになっている。
それはラビラントにとって耐え難い哀しみ。
レイウンの羽根の光が薄くなっていくのを見ていると息が詰まりそうだった。
今までの魔法師が消えていく中、生きてこれたのはレイウンがいつも傍で泣き止むのを待っていてくれたからだ。
不安で押しつぶされそうなラビラントを励ますのは誰もいない。
―――消えるー――
言葉通り、無に帰る。
力尽きた魔法師は魔法陣に何もかも奪われる。
骨も血も全部、飲み込んでいく。
生きた痕跡を残さず、何もなかったかのように魔法陣に全部を奪われるのだ。
「ラビラントっ!! レイウンが!!」
まだ入ったばかりの魔法師の声にラビラントはビクッと体を震わせた。
「レイウン!!」
真っ青になってレイウンの部屋に入ってきたラビラントにレイウンがやつれた顔だが、苦笑する。
「ラビラント、ひとつだけ……ここから抜けて戻れる手段がある」
ゴホゴホと咳き込みながら言うレイウンの言う言葉にラビラントは目を見開いた。
「どうやれば、いいの……? レイウン、教えて! お願い!!」
ラビラントは三年間一秒でも忘れなかった脱出方法をレイウンは知っていると言った。
藁にすがるようにやつれたレイウンに「お願い、教えて!」と叫んだ。
レイウンは小さく息を付き、今度は小さく笑った。優しい笑みだった。
「魔法陣に入って、真ん中で儀式は行われるのさ。魔法陣を発動させるのは犠牲を払う。それに、成功率は0.001%。それでも、やるかい?」
ラビラントならやると言う。
レイウンはそれをわかってて聞いてくる。
ただ一つ、疑問点はその方法を知りながら何故今まで黙っていたのか。
―――犠牲―――
この言葉がラビラントがひっかかった。
「儀式って、……犠牲って何?」
「魔法師の命さー――」
なぜ今まで黙っていたのかラビラントにはわかってしまった。
誰も犠牲にしたくないレイウンらしいやり方だ。
そんなことラビラントが出来るとは言えない。そんな嫌な儀式だ。
「レイウン―――の傍にいるわ」
「バカだねえ。あたしの寿命はもうないんだよ。皆を救うためにもあたしを犠牲にしてくれよ」
―――レイウンを犠牲に?
「嫌よ」
ラビラントがきっぱり言うが、レイウンも頷かない。
「ラビラント、お前が皆を救うんだ!! ラビラントにしか出来ない。だから、あたしを犠牲にしてこの変な世界を正常にしよう。してくれよ。じゃないとあたしたちの存在は何のためにある―――なぁ……。
ラビラント、お前にしか頼めないんだ」
「レイウンを―――犠牲にしてなんて……」
なんて残酷な現実に二人とも泣いた。
この世界の秩序が彼女たちを追い詰める。
「あたしの最後の頼みだ。聞いてくれないか。天空魔法師を守ってくれ」
ラビラントはレイウンの最初で最後の頼みに覚悟を決める。
ぐいっと涙を拭ってラビラントは真っ直ぐにレイウンを見て頷く。
「わかった。やるわ。皆を助けて世界の理を変える。
私たちにしかできないことだと分かったから。だから、ごめんなさい。そして……ありがとう」
そう笑ったラビラントを見てレイウンは優しい笑顔を見せ、頷いた。
これで悔いはないと言いたげに。
「行くわ。レイウンの命を無駄にしない」
「降り立ったところが記憶を司る中枢だ。それ以上の知識はない。だけど、ラビラント。あんたならできるよ」
誰よりもラビラントを奮い立たせてくれるレイウンの声にしっかり頷く。
声を出したら泣いてしまいそうだった。
それぐらいにラビラントの特別な存在だった。
「レイウン」
ぐったりとしているレイウンは目だけで大丈夫だと告げていた。
魔法陣の真ん中に二人。
皆の視線は二人に注がれている。
二人だけが希望に見えた。誰も邪魔する者はいない。
皆が祈るように見つめる先にいるラビラントは肌で感じ取っていた。
誰もが思っている―――帰りたい―――という願いを。
儀式の支度はレイウンが整えていた。
ずっと、ずっと、前から考えていた事だったのだろう。
もう、一人では立てないレイウンを見て、ラビラントは体に巡り巡っている力を集中させて開放する。
魔法陣が輝き、レイウンが消えていくのを見て、躊躇いそうになる。
「ラビラント」
その声は優しくて厳しい声だった。
ラビラントは力の方に集中した。
「あ……」
小さな声でレイウンが叫んだ、
ラビラントはレイウンの声にならない言葉をしっかりと受け止めて力を放出した。
レイウンが消える。
―――サヨウナラ―――……
ラビラントの瞳に涙が溢れた。
「いつか、どこかで―――会えると信じてる……。
リロード!!」
レイウンが砕け散り、魔法陣に全て吸い込まれる。
同時にラビラントは地上に落ちていく。
ラビラントは涙をふくこともままならず、手を天に向かって伸ばして叫んだ。
「レイウ―――……ン」
―――レイウンは消えた―――……
ラビラントは悲しみの咆哮をあげた。
許さないと、この世界を絶対に許さないと心に刻み込み、この世界を覆す。
この狂った世界を正しきものに変えてみせる―――。