プロローグ 1-2
いつもそう。
私の言葉を聡は、信じてくれない。
特に悦子の事になると。
聡の前では、絶対に悪い態度をとらないのが、悦子のやり方だった。
それを知っているからこそ夏海は、聡に本当の悦子の姿を知ってほしいと思っている。
「御母さんは、聡が思っている人じゃないのよ、私のこといつも影で悪く言ってるのわかってるもの。」
「夏海の勘違いじゃないのか?
俺母さんから夏海の悪口なんて聞いたことないぞ。」
そう言ってクローゼットを開けて、スーツから私服に着替えた。
すると、智があることに気付いた。
「このクローゼットの服の並べ方、母さん…か…?」
「そうよ、今日だって勝手に掃除したって…。」
「やっぱり!俺の服の好みの物が着替えやすく右側順になってるからさ。」
どうせ私は、そんな事までできませんよ…
「じゃ俺先行ってるから、 もう少し頭冷やしてから来いよ、母さんは、夏海が思ってるような人じゃないって、考えすぎだよ。」
そう言って頭をポンっと優しく撫でられた。
そのまま悦子が待ってるだろうリビングに智は、向かっていった。
一人部屋に残された夏海。
部屋の蛍光灯の電気さえ妙に明るく感じた。
くしゃくしゃになってる名刺を眺めていた。
もし、悦子さえいなければといつもそんな醜い考えが頭を過る。
下のリビングから楽しそうな悦子の声と聡の声が聞こえてきた。
「私もこのままじゃ駄目ね……私には、聡がいるもの。」
そう自分に言い聞かせ、顔をティッシュで綺麗に拭いてから部屋を後にし、二人が待っているリビングに姿を出した。
「あら、夏海さん大丈夫なの?
中々降りてこないから具合でも悪いかと、思って温かいスープ作ってみたの、お口に合うかどうかわからないけど、これでも飲んでゆっくり休んでちょうだい。」
「おりがとうございます。」
聡が小声でだからお前の考え過ぎだってっと伝えてきた。
自分の勘違いとかそういうのでは、ないとはっきりわかっている。
私は、自分が普段座っている椅子に座ると綺麗に並べられているおかずが目に入った。
聡の目の前には、全部聡の好物ばかりで、私の前のおかずは、というと苦手なものばかり。
「あれ?そういや、夏海これ嫌いじゃなかったっけ?」
「聡が仕事言ってる間私と一緒に特訓して克服したのよね?夏海さん。」
私の意見を言う前に悦子が割り込んできた。
「凄いじゃんか!あんなに苦手って言ってたのに!」
「これから子供ができたりしたら、ママが好き嫌いがあったら大変だもの!」
「俺も好き嫌い多いから夏海を 見習わないとなぁ。」
「あら、聡は、いいのよ、これで十分栄養とれてるんだから。」
もうこの会話の中で私の存在は、ないものになっていた。
悦子が持ってきたスープさえも、嫌いな具材ばかり。
我慢して口にするものの、やはり苦手な物は、苦手。
口の中に広がる苦味や癖なものが耐え切れず、あまり口にできなかった。
「あら、夏海さん、あまり口にしてないけれど、やっぱりお口に合わなかったかしら……」
「そんなことありません!ちょっと具合が悪くて…」
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫…」
「そう、それなら明日私もいないしゆっくり休んでちょうだい、ただ荷物だけがくるのだけれど、受け取れそうかしら…」
「それくらいなら大丈夫です。」
「それならよかったわ!」
「あんまり無理すんなよ?」
「ありがと、聡。」
そんな会話をしながらパッと見ればもう智は、ほとんどご飯を食べ終わっていた。
やはり仕事して帰ってくるとお腹が空くのだろう。
最後の一口を食べ終わりあっという間に空になった食器がテーブルに並んだ。
「もう脱衣所に着替えとかおいてあるから入ってきたらどう?」
「うん、そうする。」
そう言って聡は、自分が食べた食器を手に持ち、流しの中に入れた。
そのまま何も言わず鼻歌を歌いながら、風呂場の方へ入って行った。
私にとって最もこの時間が嫌い。
これから私には、地獄が待っている。
「ほーんと、とんだ色目をつかって聡を誘うんだから!」
そう言って座った状態のまま思いっきり、私の股間を平手打ちしてきた。
「イッ!」
「大袈裟ね、ちょっと叩いただけで。」
そのまま私の後頭部を掴み、あまり手をつけてないおかずやスープの中に顔を無理矢理突っ込ませた。