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「高雄君」
斉藤がはにかむ。その顔は少しだけ大人っぽくなっている。
年上が特別好きではなかったけど、年上の人がこんな風に無防備に微笑みかけてくるというのは悪くない。というかときめく。
すでに見慣れているけど、それでもこの距離ではさすがに、いかに俺と言えど、戸惑う。
「ど、どうした斉藤?」
「うん……あ、あのね」
斉藤が、俺の上に乗っている。意味がわからない。
斉藤と再会してから2ヶ月ほど。斉藤が自由に出歩けるように魔物に影響を与えない結界魔法と、魔力を関知させないための結界魔法を改良して改善して改造して、斉藤の胸に輝くペンダントに込めた。所有者である斉藤から、斉藤からすればびびたる魔力を吸い上げて自動的に結界をつくる。
このペンダント製作には強大な魔王級の魔力と魔族に伝わる魔法に、王都一の魔法使いの頭脳に、異世界人の発想力、その他諸々をつかい、なんとか完成した。かなりの時間がかかったが、ペンダントさえつくればこっちのものだ。
俺たちは転移魔法で王都に飛んで、数日かけて王たちを説得し、ようやく魔王と世界を平和にする旅に出られることになった。もちろん表向きには魔王を倒した勇者たちが結界張りをしてまわるという名目だ。
明日からまた旅が始まるので、少し早いがそれぞれ用意された部屋で休んでいた、はずだ。
なのに今、斉藤は俺の上にいる。
斉藤はこの世界のどこを探しても二つとない、魔力隠蔽装置をつけている。基本的に魔物相手で、いつも魔力の動きを意識していて、しかも本拠地みたいな場所で完全に気を抜いていた。
と、言い訳をしたとこで改めて状況を説明すると、疲れてベッドで寝ころんでうつらうつらしていたところ、気がついたら斉藤に押し倒されてた。
「その…ありがとう」
「なんだよ、改まって。そう何度も言わなくてもいいって、言っただろ」
「そうだけど、ずっとこうなればいいって考えてるだけだったのに、高雄君のおかげで、叶ったんだもん」
「何言ってんだ。明日からが本番だろ」
「うん。だからね、改めて、お礼と、お詫び」
「お詫び?」
「……わかってる? もう帰れないんだよ?」
「わかってるよ」
斉藤から聞いた時、少しはショックだった。帰る方法は召還と同じで過去の書物のどこかにあるはずだと言われていたし、斉藤と帰ると思っていたから。
でも、斉藤に帰れないと言われても、それで泣いたりはしなかった。そうか、とだけその時は答えた。
「……私のせいだよ。ごめん、巻き込んで、ほんとにごめんね。私は高雄君がきてくれるのをずっと待ってたし、凄く嬉しいけど、でも巻き込んで、ごめんね」
斉藤は馬鹿だなぁ。今更だ、そんなのは。
「斉藤、俺は斉藤を迎えにきたんだ。帰れないなら、それはお前を帰らせてやれないのは約束破りになって申し訳ないけど、俺のことはどうでもいいさ」
「な、なんで、そんな風に、言うの」
泣きそうに、いやほぼ半泣きの涙声で斉藤は聞いてくる。鼻先がぶつかりそうな距離だ。今斉藤が泣いたら、俺の目に涙が入るような気がした。そっと頭を撫でてやる。
「異世界とは別に約束したこと、覚えてるか?」
「え? ど、どれだろ。高雄君とは沢山話をしたから、どれ?」
「世界一周しようって、言っただろ」
「あれ、約束かな?」
「いいから。明日から俺たち世界一周するんだぞ。しかも地球から遠い遠い異世界で。すげぇなお前。全部あたってるし。しかもタダでしちゃったし、すげーラッキーだ。まぁ何年かかるかわかんねーけど。いいじゃん。俺は、お前とならずっと旅行しててもいいんだよ。そのくらいの覚悟はしてるよ」
たとえ旅が終わっても地球には帰れなくて、異世界旅行は終わらない。それでも斉藤がいれば寂しくはない。残してきた家族とか申し訳ないけど、でも仕方ない。斉藤をひとりになんてできないし、斉藤がいなきゃ俺もひとりみたいなものなんだから。
「っ」
斉藤はまた泣いて、俺に落ちてくるみたいにして抱きついた。柔らかくていい匂いがする。昔、斉藤の髪から香った匂いとはすこし違う。でも本質的な斉藤の匂いは残っていて、俺は斉藤がここにいることを実感する。
「斉藤」
抱きしめる。斉藤が好きだ。すこしくらい今年上で、これから斉藤が老けなくて、俺も同じように老化がとまってしまって、そのうち人間じゃなくなるとしても、構わない。
異世界にいて人間じゃないとか、そんなことはどうでもいい。斉藤がいればいい。
「斉藤、俺はずっと、ずっと前からおー」
「タカオー! もう寝てんのか!?」
「タカオさん。明日のことで少しお話を……あ」
「……」
くそったれ。
○
「シュシュ、あれなに?」
「あれはシーバです。魚の串焼きで、美味しいですよ」
「タカオも好きだよな」
「おう、うまいんだよな。斉藤、おごってやるよ」
「あたしは三本な」
「私は一本で十分ですから」
「お前らの分までとか言ってないけど。まぁいいや。斉藤は?」
「一本お願い」
「了解」
旅をし始めて1ヶ月たった。魔王を倒したパーティーということで、俺とリージュとシュシュと、現地で仲間にした設定の斉藤とでする旅。それなりに三人も仲良くなり、それはいいことだけど、まだ告白できてない。
チキンとか言わないでほしい。いつもいつもどっかの筋肉バカと腹黒が邪魔してくるんだから。別に二人に邪魔する気はないだろうけど、タイミング悪すぎる。
「リージュ、そんなによく食べれるね。いつも大食いだけど、さすがに今食べたら晩御飯食べれなくない?」
「ヘーキだって。戦士は体が資本だからね。つか、あんたが食べなさすぎなんだよ。ねぇ、シュシュ」
「そうですねぇ。私より食べる量が少ないですし、体が持ちませんよ」
「向こうじゃ体を使うこと何てなかっし、こっちだと有り余ってる魔力が体力代わりになってるから、むしろあんまりお腹減らないんだよね」
「そういや、ラーディンはどうしてるんだ? 旅」
「私が付いてこないでって言ったから、魔大陸に帰ったよ」
「意外と素直なんですねぇ。ずいぶん盲信的だったようですが」
「私の魔力に惚れ込んでるみたいでね。それでもなかなか帰らなかったし、多分今も魔大陸からこっちを覗き見してるはずだし」
「うわ、よく平気だな」
「まぁ、ひたすら私のこと崇めてるだけといえばだけだし、ラーディンのおかげで生活してたしね。さすがに嫌いにはなれないよ。」
「その割には邪険にしてないか?」
「だって今の私は魔王じゃないもの。信仰されるなんておかしいでしょ?」
「……まぁ、そうかな」
「ただで従順な下僕ができるなんて、ラッキーだと思いますけどねぇ」
「私はただの平民だからシュシュみたいには思えないって。あんなに持ち上げられたら落ち着かないよ」
「平民は平民でも、ただの、とは言えないと思いますけど」
「ま、タカオもだけどな。勇者とその仲間なわけだし」
「え、なんだよ急に。リージュが俺を勇者扱いするとか気持ち悪いんだけど」
「ああ? んだとこら」
「怒るなよ。前は勇者とか百年早いとか、半人前って言われまくってたんだから仕方ねーだろ」
「まぁ、言ってたけどよ。でも最近は言ってないだろ」
「うーん? 言われるとそうか?」
「そうだっつの。あたしだってもう、認めてるよ」
「もちろん、私もですよ。タカオさんはもう立派な勇者です。試験も必要ありません」
「……んなことねーよ。まだまだだ。だから、まだ頼むよ、先生さんよ」
急にそんな事を言われると、照れるというより困惑する。魔王城に入る前にも一人前の勇者だとは言ってもらったけど、あんなのは発破をかけるためだと思ってたし。まだ一人前の自覚なんかない。
だからそんな風に言われると、まるで二人がいなくなってしまう前兆みたいでいやだ。斉藤と二人きりになりたい気持ちもあるけど、でも二人とまるきり別れてしまうのは心細いだけじゃなくて、寂しい。
こっちにきてからずっと側にいた二人だから、俺にとっては本当に大切な仲間だ。半ば家族みたいなものだとすら思う。代替行為だとしても、そう感じてしまうんだから仕方ない。
「なにを情けない声をだしてるんですか?」
「タカオ、お前そーゆーとこが自覚ねーっつってんだろ」
二人は何故かやけに笑顔になって俺の頭をこづいた。別に別れる機会が近いとかではなく、本当に単純に、しっかりしろと発破をかけるために言っただけだったらしい。少し恥ずかしい。
「仲良しだね」
笑う斉藤と目があう。でも少しだけ寂しそうに見えたから、そんなんじゃねーよと悪態をつきながら、斉藤の頭をこづいた。
○




