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「よくぞここまできた、勇者……よ? ………え?」
扉をあけてすすむと、奥にある無駄に背もたれの高い椅子に座っていたドレスを着た魔王がいた。ひたすらに強力で、近づくだけでびりびりと肌に感じるほどの魔力は、さっき扉越しに感じていたのとは段違いだ。
おそらくあの扉は魔力なんかを防ぐ効果があったんだろう。あれだけの魔力を感じていたから、気づかなかった。
そう、目の前にいるのは間違いなく魔王だ。だけど魔王は、斉藤みたいな顔をしていた。斉藤が大人になったら、こうなるだろうなっていう、そういう顔をしていた。
「斉藤……?」
そんなはずがない。どう見ても大人だ。他人の空似に違いないのに、何故か俺は斉藤だと確信していた。固まる俺に対し、魔王もまた驚愕に目を見開いている。
「た、高雄、君? う、うそ……高雄君が、勇者、なの?」
「斉藤……」
その言葉。俺を呼ぶ、違和感のないイントネーション。間違いない。そう言えばさっき男も言っていた。魔王が『きてから』と。魔王もまた俺と同じ異世界人で、斉藤だ。魔王が現れたのは俺が来る七年前。俺がこっちへきたのは、斉藤がいなくなってから一週間たってからだ。
そうか、こちらでは、八年ぶりになるのか。
俺はゆっくりと斉藤に近づいた。
無防備に近寄る俺にリージュやシュシュが何かを言っているようだったが、頭には入ってこなかった。
「斉藤……ひさしぶり」
「ほ、本当に、高雄君、なの?」
「うん。約束したの、覚えてるか?」
「え…?」
「もしも、異世界に行ったら。俺は言ったぞ。お前が異世界に行ったら、迎えに行くって。ずっとお前を探してた。…遅くなって、ごめんな」
斉藤は泣いた。俺より七つも年上になってるくせに、まるで年下みたいに大きな声で、俺に抱きついて泣いた。俺は斉藤を抱きしめて、俺も少しだけ、泣いた。
○
泣き終わった俺たちは、照れくさくて離れて、でもやっぱり離れがたくて、玉座の手前の段差に足がくっつくくらい近くに並んで座った。
「お前らも座れよ。紹介するよ」
俺は斉藤に話をした。たった一年だけど話すことはたくさんあって、話したいこともたくさんあったはずなのに、何故か言葉にならなかった。簡単に五分ほどで終わるだけのあらまし説明になってしまった。
「そう、ありがとう、高雄君。本当言うとね、遅いって思ってた。あんまり遅いから、約束を忘れて、もうきてくれないんだと諦めてた」
時間の流れが違うなんてびっくりだね、と斉藤は見慣れた顔で微笑んだ。それは全くあの頃のままで、24才くらいのはずだけど、あまり、変わってないように見えた。
「高雄君は、年上は好きかな?」
「まぁ、嫌いなやつはいないさ」
「よかった。七才の差は許容範囲かな?」
「むしろ、七才差がストライクだな」
「…高雄君、何だか最後に会ったときより、優しいね」
「俺にとってはたった一年しかたってないけど、たった一年だっていっても、斉藤と会えない一年は長かったならな」
「……私も。高雄君のいない八年は、死にそうなくらい、長かったよ」
今告白をしようか、と思った。昔はまだ友達のままがいいとか考えていたけど、そんなのは所詮勇気のでないことへの言い訳だ。明日どうなるのかわからない世界。だったら今すぐ、思いを伝えよう。
「さいー」
「おい、タカオ」
「…なんだよ、リージュ」
これからだというのに、何口挟んでんだよ。内心舌打ちしながら、何故か俺の隣に座ったリージュを見るとなんかめっちゃ恐い顔してた。なにこいつ。見たこともないくらい鬼の顔してる。
「お、おいしゅ…しゅ、シュシュさん?」
思わず一つ上の段の俺の後ろに座るシュシュを振り返ると、シュシュも同じ顔してた。やばい。これは俺の腕を二本とも折った上に左足を切り落とした時より酷い顔をしてる。
「な、なんだよ二人とも。説明した通り、斉藤は俺の故郷からの友人でいいやつなんだって。魔力のせいで魔王だけど、こいつが人間を滅ぼそうとしたり世界征服しようとするとかありえないし、戦う必要ないからな?」
「それは聞いたっつの。タカオへの態度を見ても、魔王だからって戦う必要はないってのは十分わかってる」
「でもある意味戦う必要があるようですね」
「は? いやだから、戦う必要ないっての。お前ら人の話聞いてた?」
「いや、高雄君、確かに戦う必要はあるかもね。でも今はそれより先に、一つ言わなきゃいけないことがあるの」
「どうした?」
「高雄君、あのね、帰ることはできないんだ」
今度は斉藤の話を聞く番だった。 俺と別れてからの話。八年と俺の八倍のはずなのに、俺の二倍くらいしかなかった。でも斉藤がこの世界を、この世界の人間を救おうとしていたのはわかった。
斉藤が魔王だなんてとんでもない。斉藤は事故でこの世界に呼ばれ、魔物とは違うが魔の性質を持つ人族の魔族たちに魔王とあがめられ、人間を擁護すると見捨てられ、それでも人間を守るために、せめてもの抵抗でこの城から魔力が漏れないようにした。といっても、魔法を学んだことのない斉藤の腕にくわえ、尋常でない魔力。完全に抑えることはできていない。
そうして自ら監禁された状態で、ただ一人付き従う魔族の男、ラーディンから色々なことを学び、人を守る方法を考えていたらしい。
「私はもちろん死にたくはないし、それだけじゃ解決しないと思う。すでに活性化した魔物はそのままだから。だからね、私が人間側にたって、魔物の脅威から守るのがいいと思うの」
結界魔法を習得していて、それを世界中の村や街にかけていきたいという。魔物にだけきく結界魔法。斉藤の魔力でかけたなら、それはきっと殆ど永遠に効果が続くだろう。活性化以降に生まれた魔物にも対応できるし、その恩恵は計り知れない。
「でもね、そのためには勇者、高雄君の力が必要なの」
魔物が活性化しないように自力で魔法をかけて動けるようになったとして、魔力までは隠せない。魔王と知られれば、そんな行脚はできるはずがない。
人間側と協力する必要がある。魔王の立場から唯一交渉できるのは、勇者だけだ。魔王城までやってくる、権力者と橋渡しができるなんてのは勇者だけだから。確かに俺なら、直接王族に話ができる。お姫様とも友達みたいなものだ。
「わかった。協力するよ」
「本当?」
「もちろん。つーか、わかってて言ってるだろ」
「えへへ、まぁね。高雄君ならきっとそう言ってくれると思ったよ。勇者をどうやって説得するかずっと考えてたの。全部もう無駄になったけど、勇者が高雄君でよかった。なんだか、運命感じちゃうね」
「おいおい、馬鹿なこというなよ、こんなことは運命なんかじゃねーよ」
お前が異世界に行ったから俺が迎えにいって、たまたま魔王と勇者だったってだけだ。そんなの、そもそも俺たちが出会って両思いのことに比べたら、運命なんかじゃねーよ。そもそも運命とか恥ずかしいから言わないけど。
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