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「よくぞいらっしゃいました、勇者様」
俺を召還したというのは同じ年頃の少女とじじいだった。ありがちにドレスとローブをきていて、杖を持っていて、後ろには数人の全身鎧が立っていた。
主にお姫様だという女の子から話を聞いた。この世界には魔物がいて、古くから人間と戦っていたらしい。100年前から徐々に人間が有利になっていっていたが、七年前突然魔王が現れ、魔物たちが息を吹き返したらしい。
100年ぶりの魔王の出現に、100年昔の御伽噺になりかけていた話、勇者召還を思い出して行ったらしい。そんなことは全くどうでもよかったが、この世界のどこかに斉藤がいるかも知れない。
この世界を探すためには、勇者という名目があれば援助を受けられるだろう。俺は勇者になった。
訓練だの何だのをして、半年ほど毎日戦いを強いられたが、本当に勇者の素質があるらしく、俺は元の世界では考えられないくらい早く剣を扱えるようなり、魔法も使えるようになった。
軍を率いてそろそろ魔王退治に、と言われそうな雰囲気だったので、これ以上手っ取り早く強くなるためには実践が一番と無理やり説き伏せて少数で旅立つことにした。
さすがに一人になるのは無理だったが、国で最も強い剣士と最も強い魔法使いだけを連れて旅立てることになった。主に俺をしごいたやつらで腕だけは確かなので心強い。
多少は強くなっても、独りで旅をするのは戸惑いがある。もちろん、斉藤のためならひとりでも行くつもりではあったが。
「ま、タカオみたいな頼りない坊やだけじゃな。あたしがついててやらなきゃ心配だし」
「タカオさん、無理は禁物ですからね」
剣士のリージュは乱暴で口は悪いが根は結構いいやつだし、細かいとこに気がついて俺の服をつくろってくれたりと面倒見もいい。
魔法使いのシュシュは丁寧でやわらかい雰囲気のわりに訓練中は鬼みたいに厳しくて治るからと平気で俺の手足をもいだりするようなやつだが、普段は普通に優しい。
そんな二人なので、旅はそこそこ快適だった。リージュは野宿なんかに慣れていたし、シュシュは街での交渉なんかにたけていた。ぶっちゃけ俺のほうが世間を知らないし、二人に比べて能力も七割くらいだし足手まといもいいとこだ。
「気にすんな。タカオは強くなってる、保証してやるよ」
「そうですよ、この調子なら、魔王城へたどり着く頃には私を越えてるかも知れません。きっと魔王も倒せますよ」
さすがに今更、魔王興味ないしとか言える雰囲気ではないし、言ったら多分殺されるので、素直に旅の途中で寄り道して斉藤を探しつつも、魔王は本気で倒すことにした。
○
「タカオ」
「なんだよ」
「お前ケツに穴あいてんぞ」
「失礼な。穴くらいあいてるわ。異世界人だからって口から排泄すると思ってたのか?」
「ちげーよボケっ。ズボンのケツんとこに穴があいてるっつってんだよ」
「冗談だよ。夜着替えたら渡すし、縫っといてよ」
「いいけどよ、タカオくらいだぞ」
「なにが?」
「このあたしを、侍女扱いするのが、だよ」
「してねーし。でも三人しかいないんだし、得意なやつがすりゃいいだろ。文句言うな」
「文句ってわけじゃねーけどよ」
ぶつぶつと聞こえない文句を続けるリージュは無視する。赤い髪通り熱血で血の気が多くて喧嘩っ早いリージュだが、意外と、めちゃくちゃ意外と家庭的スキルが高い。独り暮らしだからだろう。
「リージュさん、わがまま言っちゃ駄目ですよ。リージュさんの唯一の見せ場なんですから」
「うっせぇ、つか、お前もちょっとはやれよ。女なんだから」
「前時代的なことを言わないでください」
長い金髪のシュシュは女らしい見た目に反して家事はしたがらない。いいとこのお嬢様だったらしく、したことないからとリージュに丸投げだ。それでもコネやなんやらで安く薬や宿、武器も買ってくるからか、リージュもあまり文句を言えないらしい。
「リージュさんの剣も、そろそろ職人に手入れしてもらわなきゃいけないですよね。次の街についたら、行ってきます」
「ああ、頼む。次の街っつーと、グリダスか」
「どんな街なんだ?」
「商業地ですね。王都と同じくらい大きな街で、人口は多いくらいだったと思います」
「王都はなー、綺麗だけど、あたしはグリダス好きだな。居心地がいい」
「あら、ありがとうございます」
「ん? なんであんたが礼を言うんだ?」
「私の故郷ですから」
「そうなのか?」
「じゃあ、俺もシュシュの両親にも挨拶した方がいいのか?」
「その気持ちは嬉しいですが、必要はありませんよ」
「なんで?」
「私の両親はいませんから」
「悪いことを聞いたか?」
「いえ、私を生んだ人間という意味なら多分生きてますけど、可愛い独り娘をうっぱらうような人は親と認めたくないので」
「へぇ、大変なんだな」
この世界は厳しい。文明レベルが低いのもあり、現代日本とは死亡率なんかも違うし、人の生き死にがずっと身近だ。リージュの親も死んでいると聞いている。日本でも孤児はいるだろうが、それでも売られたなんて話はとんと聞かない。
だが不思議と同情心はわかない。単に実感がないのか、シュシュがまるきり平気そうだからか、今の地位があるからかはわからない。もっと単純に興味がないという可能性もあるが、仲間と思っているのにそこまで薄情な人であるとは自覚はない。
きっと今、二人が平気な顔をしていて、あっさりと何でもないように口にするからだ。今二人は頑張って国一番の強さを誇るのに、終わったことで同情するのも失礼だ。二人は俺の剣と魔法の先生で、俺より強いんだから。同情する余地なんか最初からないに違いない。
「おいタカオ」
「なんだよリージュ、急に不細工な顔して」
「だっ、誰が不細工だと!?」
「お前」
「こっ、殺すぞ!!?」
「落ち着けよ。急に不機嫌な顔するからだろ。普通にしてりゃ可愛いんだから」
「はっ、ばっ、ばっ、おばっ」
「は? え、なに? ……照れてんの?」
「なっ、なわけあるかボケっ!」
「危ないから殴ろうとするなよ」
「うるさい! よけるな!」
「はいはい。で、なに怒ってんの?」
「……お前、なにさらっとシュシュの親に挨拶しようとしてんだよ」
「は? 普通するだろ。いや、シュシュが嫌みたいだししないけど。普通、仲間の親と顔合わせたら挨拶するだろ。ましてお前らは先生みたいなもんだし」
「……そ、そうだな」
「?」
相変わらず短気な上に、どこが逆鱗なのか全くわからん。最近は避けたり受け止めたりできるからいいが、最初は痣が消えない日はなかったものだ。それを考えると、強くなってるんだなと今更思った。
「タカオさん」
「ん、なに?」
「今日の課題です。前方一キロ先に魔物の群れがいるみたいなので、先に行って追い払ってください。3分越えたら範囲魔法で滅殺しますから、頑張ってくださいね」
「え、え、ていうか昨日より急に難易度あがってない?」
「あと2分57秒です」
走った。今の俺なら一キロくらいなら、二分かからない。群は15ほどで、たいしたことはなかったが、二分も時間はないのはさすがにキツイ。王都を出てからも毎日二人からは強くなるために課題をだされているが、昨日は5分だったのに、急に難易度あがりすぎだ。
うーん、あんまりにも両親に触れないでスルーするから、拗ねたのか? シュシュは俺と年変わらないけど、メンタル子供っぽいしなぁ。
なんとか今日の課題をクリアしながら、俺は首を傾げた。
○