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斉藤と疑われるべくもないほど、深い関係になった。あれから斉藤はますます可愛くてたまらない。
斉藤には秘密だが、全く女性経験がないわけではなかった。命がけで戦って、中身はともかく見目のいい女二人と旅をするんだ。自分で慰めるだけじゃ無理がする。とあらかじめ最初に仲良くなった兵士たちから聞いていたのもあり、俺は旅立ってから一番大きな街について、そこで経験した。それからも大きな戦いのあとはたまに店に行っていたので斉藤にがっつかずにすんだ。
でも店でやるのとは全然違う。好きな相手であるというだけで、何もしなくても気持ちいいレベルだった。こんな風に世界一可愛いなんて、今までの相手では思わなかった。愛だな愛。素晴らしきかな愛。
「斉藤、髪の毛ついてるぞ」
「あ、ありがとう、高雄君」
「荷物重かったら持つぞ」
「大丈夫だよ。いつも持ってる鞄にちょっとプラスしただけじゃない。でもありがとう」
可愛いなぁ、斉藤ちょう可愛い。可愛すぎてとろける。
「おいタカオ」
「なんだよ」
「手があいてるならあたしの荷物持てよ」
「えー、やだよ。お前自分のために自分で勝ったんじゃん」
「ばか、お前。これがあればどんだけこれから楽になると思ってんだ」
「いや、いらねーだろ」
リージュは俺に買ったばかりの荷物をおしつけてこようとするが、絶対やだ。なんでそんなくそ重いテントなんか買ったんだよ。テントなんかなくても、魔法でカバーできるしいらんだろ。シュシュも散々とめたのに自分の小遣いで買うんだ!って強硬したくせに。
「いるって! お前らが疲れて魔法であたりの気温とか風とか魔物除けの調整とかできないとき、絶対便利だから!」
「それ、かなりつんでね?」
「リージュさん、まだ言いますか。そんな結界ひとつはれないくらいヘトヘトになる状態ってめちゃくちゃピンチですからね? あと寒さ対策なら焚き火の方が温かいです」
「まぁ、テントじゃ魔物除けにはならないよね」
いままでこの世界には三角で完全に囲えて持ち運びできるテントというのはなかった。普通は長く移動するなら馬車なりに乗ってるからいらないし、野宿なら野宿で布の中で周りが見えない状態で悠長に寝てられない。多くが見張りをたてるとはいえ、さっと逃げたりできないので簡易家型なんて殆ど需要がない。精々屋根代わりに布をはるくらいだ。
だが最近は俺たちの頑張りのおかげで魔物の被害もへり、平和になってきたからか、変わり種としてできたらしい。それを新しいもの好きのリージュが買いやがった。
俺たちは結界で下手な家より快適にして、何の心配もなくみんな揃って寝ているので、テントは邪魔なだけだ。むしろ結界のかわりに使うなら見張りが必要になるからマイナスだ。
「くっそ! なんだよお前ら、そろって否定しやがって! 高かったのに!」
「だから止めただろ、ほんとに馬鹿だな」
「うるせぇ! お前にだけは言われたくないんだよ!」
「なんでだよ」
「お前、あからさまにデレデレして独りでバカップルみたいになってんだよ!」
「な、そ、そんなことないだろ! 俺はなにもかわってねぇ! な、斉藤?」
「うーん、まぁ、ちょっと露骨に優しくはなってるし急に誘われるけど、でも、高雄君に求められるの、好きだし……な、なんてね!」
「斉藤…」
可愛い。あー、今すぐ抱きしめたい。あれからちょっと頻繁に抱いてるけど、嫌がってないみたいでよかった。今まで我慢してた分、斉藤と二人きりになると我慢できなくなるんだよな。
「はいはい、バカップルはそれくらいにしてください」
「んだよ、シュシュさん最近冷たくね? なんだよ、嫉妬?」
「そうだと言ったら?」
「愛人にしてやるから拗ねんな」
「相変わらずおめでたいですね。自分が好かれてると思ってるんですか?」
「…え、俺が嫉妬されてるってこと? え、斉藤が好きなわけ?」
「もちろん好きですよ。仲間として」
「なんだ」
「なんで若干残念そうなんだよ」
「うるさいぞリージュ。お前は早くそのテント返してこいよ」
「ふふふ、どうせタカオさんですから、いやらしいこと考えていたんでしょう」
「ちげーよ馬鹿!」
「あ、あそこですよ、宿。うーん、なんだか名前負けしてますね」
「確かにな。ふっつーの宿だ。ま、肝心なのは飯がうまいかだ」
「えー、ご飯は最悪よそに食べにいけばいいじゃない。重要なのはベッドの質だよ」
「いえいえ、料金ですよ」
お昼を食べた食堂の女将からすすめられた宿屋につき、俺たちは好き勝手なことを言いながら中に入った。
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「では、旅が終わったら、また立ち寄るといい。老い先短い人生だが、少しくらいは持つだろう」
「そんなこと言わないでください。ザウルさんがいなくなったら、この庭園はどうなるんですか?」
ここは街ではない。村でもない。そもそもここは、国ですらない。どこの国もものでもない土地というのは、この世界では珍しくない。前人未到の地域。山があると認識はされても、わざわざ誰も訪ねない。
そんな山奥の奥の奥。そこに、奇跡の楽園はあった。といってももちろん、人工的につくられたものだ。
俺を召喚した国、アグレスの隣にある小国ウラニー、一つの大きな街道で繋がっていて、ウラニーとアグレスの間には険しい山々が連なっている。
唯一の街道は山々を迂回した形になっている。年中てっぺんには雪がつもっている岸壁まで見えるし、山の中腹以降には深い森がある。わざわざこの山を越えようとするのはよほどの馬鹿か、自殺志願者だと言われている。
俺達は馬鹿だった。今まで山なんていくつも越えてきたし、自分の周囲の気温や水や火を魔法で操れるからって、完全に自然の脅威というものをなめていた。
ここは誰もが避けて通る。山道がそもそもなくて途中からほぼ崖だったり、てっぺんには雪が年中ある、ただの山を超えた超山岳。普通の軽装で通りすがりみたいな装備で反対側までいけるわけなった。
雪が残るあたりにつくまでは順調で、雪だ雪だー!とはしゃぐ余裕もあった。けどそこから雪が降り出して前が見えないレベルになった。方向もわからず、当然ながら寒くなるほど温度調節のための魔力は使うし、空腹でへとへとになってまいった。
最悪、斉藤の魔力を解放して魔法を使えば、分厚い雲を無理矢理はらすことはできる。でもそうすると、その影響がどこにどうでるかわからない。普段雪がふらないような場所でふって大きな被害になったり、よそで大雨と変化するかも知れない。だから本当にギリギリになるまではできないし、ギリギリでもやりたくはない。
幸い、封印はしていても斉藤の近くにいれば魔力の影響はどうしても受ける。多少飲まず食わずでも動けないということはない。
それでも少しの食料で3日、歩き通しでお互いの姿もろくに見えず、はてが見えない大雪の中、気力はどんどん減っていく。
そんな状態なので、ザウルさんの楽園にたどり着いた俺たちは、一瞬本当に天国に着てしまったのかと錯覚したほどだった。
「おや、お客様とは珍しい。よく来たね」
そう言ってザウルさんは太陽の日差しのもと、不法侵入した俺たちに穏やかに微笑んだ。
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