1
「高雄君」
「なに? 斉藤」
斉藤は何だかわからないけど、楽しそうな顔をしていて、俺もつられて楽しい気分になる。
「もし、三億円あたったらどうする?」
「宝くじ買ったのか?」
「まさかぁ。でも考えたっていいでしょ。ねぇ、どうする?」
「うーん」
そうだなぁ、と相槌をうちながら、また始まったかと内心苦笑する。彼女は『もしも』の話が好きだ。益体もない意味のないもしもを、彼女は俺に尋ねる。
その質問に意味はないだろう。思い浮かんだことを言っているだけで、明日には忘れているかも知れない。気まぐれでおしゃべりな斉藤のことだから、その可能性は高い。でもそんな意味のない会話が、俺は嫌いではなかった。
彼女はいつも楽しそうだから、俺も楽しくなる。それだけだ。それ以上に理由はいらない。楽しいから、俺は斉藤と話をするのが好きだ。
「まぁ、半分は貯金だな」
「えー、夢がなーい」
「現実的と言え」
「で、残った半分は?」
「まず家を買う」
「残り五千万は?」
「誰が1億もする家を買うか、家と家具とかもろもろで五千万だ」
「ふんふん」
「で、残った1億で、そうだな、世界一周でもするか」
「おー、いいね。どこ行きたい?」
「ハワイとか?」
「定番すぎ」
「うっさい。斉藤はどこ行きたいんだよ?」
「え、私も一緒に行っていいの?」
「ひとりで旅行してもつまらんだろ」
「おー、ふとっぱらだね。そうだねー、私は……遠いとこにいきたいな」
「ブラジル?」
「うーん、ぴんとこない。月とか?」
「宇宙か。今でもお金さえだせば、何分かは宇宙旅行できるんだってな」
「えー、すごーい。宇宙かぁ…いいかもね、宇宙。高雄君となら、宇宙に行っても寂しくないしね」
「ばーか、たった数分でホームシックになるかよ」
「もう、わかってないなぁ」
わかってるよ。斉藤の言いたいことはわかってる。
斉藤のことが好きだ。自惚れでなければ斉藤もまた、俺のことを憎からず思ってくれてるのだと思う。
だけどまだ言葉にはださない。なんとなく、おしゃべりをして、こうして毎日一緒に帰る。そんな今が楽しくて、関係を進めるのが勿体なくすら感じていた。
斉藤と恋人になって、手を繋いで帰ることを考えるとドキドキする。キスをすることを考えると顔から火がでそうだ。
今はまだ、こうして触れられそうなくらい近い隣にいて、話をする。それだけで楽しくて十分だ。
「高雄君、今度、遊びに行こうよ」
「どこに?」
「高雄君はどこに行きたい?」
「そうだな……海とか?」
「……えっち」
「ちげーよ。もう暑いから、それだけだよ」
「ふーん。まぁ、そうだね。まだ6月なのにねぇ」
「斉藤はどこに行きたいんだ?」
「んー、31」
「アイスかよ。まぁいいけど。なに味が好き?」
「私、杏仁豆腐がすごい好き。あれ年中食べれたらいいのに」
「あれ、うまいか?」
「美味しいって。ほんとに杏仁豆腐の味がするんだから」
「それ、ほんとの杏仁豆腐でよくね?」
たわいない話。
歩いているだけで、店につくころには少し汗を書く。冷たいアイスは気持ちよくて、うまい。
「ね、一口ちょうだい」
「斉藤もくれよ」
「一口だけだからね」
少しだけドキドキする。こうしてずっと一緒にいたいし、ずっと一緒にいられるだろう。明日もまた、こうして話をする。それは当たり前だと考えていた。
「また明日ね、高雄君」
「また明日な、斉藤」
だからこうして、当たり前に別れの言葉を口にした。
次の日、俺は斉藤が消えたことを知った。
学校では風邪というのとになっていて、メールにも返事がなくて、心配になった俺はお見舞いに行くことにした。
数度顔を会わせたことのある斉藤のおばさんは、俺に斉藤の行き先を知らないか聞いた。
俺は何も知らなかった。また明日と言って別れた斉藤、昨日斉藤は家に帰らなかったらしい。
「……探してみます」
俺は斉藤を探した。といっても、心当たり何てない。なにもない。俺と斉藤の間には特別な約束の場所なんてものもなかったし、何より斉藤が家出する理由がわからない。
日々、小さな不満なんかはあっただろうが、斉藤が家出をするか? とてもではないが、そうは思えない。では犯罪に巻き込まれた?
わからない。なにもわからない。
警察にも捜索願をだしているというし、俺が探したって大した意味なんかないだろう。それでも、探さずにはいられない。
斉藤がいなくなって、一週間がたった。
ふいに思い出す、斉藤の言葉。
「ねぇ、もしも異世界に行ったらどうする?」
突拍子もない話だが、この間すすめられた本からの話題だろう。少年が別の世界、剣と魔法の世界に行く話だった。
「そうだなぁ。とりあえず勇者になって魔王倒すか」
「そんなノリで倒せるわけないでしょ。なめすぎ」
「いいだろ、別に。斉藤はどうするんだ?」
「うーん、とりあえずはやっぱり、帰る方法を探すかな」
「なんだよ、それじゃお題の意味なくね?」
「いいじゃん。だってさ、考えてみてよ」
「なにを?」
「異世界に行ったらさ、一人だよ。家族も友達も、高雄君もいないじゃない」
「寂しがりやか」
「そーだよー。知らなかった?」
「はいはい。でもそんな簡単に帰れないだろ。一年くらい無理なんだから、もっと異世界っぽいこと言えよ」
「うーん、そうだなぁ。高雄君が迎えに着てくれるなら、それまでは異世界で生活してもいいかな」
「帰り方は他人任せかよ」
「いいじゃん」
「……しょーがねーなぁ、迎えにいつてやるよ」
たわいもない、冗談。冗談のはずだ。でもなぜか、思い出すと急に、斉藤が異世界にいる気がした。
だから俺は、斉藤を探してたどり着いた、少し遠いだけの人気のない公園で見知らぬ少女の声が聞こえた時、何も考えていなかった。
『異界の勇者よ、あなたの助けが必要です。どうかこちらへきてください』
「まかせろ」
勇者だとか、そんなことはどうでもよくて、ただ、斉藤に会いたかった。だって俺はまだ、斉藤に告白すらしていない。
世界が光に包まれた。
○