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終わる世界とウインターワンダーランド

作者: 砂漠の民

ベニー・グッドマン・スモールグループの『君去りし後』

軽快なリズムにどこか物悲しいクラリネットが啼く

俺はあの天使 エリザベス・テイラーを膝に乗せて

「俺たちのハネムーンはエデンの果てだぜ、リズ」と

彼女のきれいな右の耳たぶを指でなぞりながら囁く

リズの横顔が美しいのはその目鼻立ちだけじゃない

俺に恋しそうな自分を恐れているからだ

怯える子羊ほど愛おしいものはない

俺の指が音楽の精に魅入られたフィギュアスケーターのように

リズの唇へと滑らかにすべっていく

その時突然

ライオネル・ハンプトンのヴィブラフォンが

電話の呼び鈴をけたたましく響かせた

カウチから飛び起きた俺はまず 

俺を凍え死にさせようと企てた無邪気な冬の精霊を罵り

甘い生活を台無しにしたハンプトンを罵り

俺をベッドまで介添えしなかった自分自身を罵り

罵るのにうんざりしたところで電話にでた


  トナカイ達が高い壁に囲まれた森にいる

  深い雪に覆われ 光を失って 薄暗闇の中で蠢いている

  僕が 今 ここにいる理由

  彼らが僕に望む事を 僕は知っている

  そう 僕は世界を救うことができる


「サム、もう1杯注いでくれ」

カウンターの奥隅で4杯目のバーボンとにらめっこする

いつもと変わらぬ寡黙なサムの右手から 琥珀色の命の水が注がれる

これを飲み干したらもう帰ろうか

俺の依頼人はまだ姿を現さない

こんな時だけは無性に煙草が欲しくなる

この酒場で煙草を箱ごとへし折って2年にはなるだろう

「息が切れた時が探偵稼業の終わりの時だ」

そんな誰かの忠告が身に染みた 俺も歳をとったもんだ


  そう 僕は世界を救うことができる


奥のテーブルにいる色白の若造

しかめっ面でコースターの裏になにか書きものをしている

サムの話によれば詩人の卵らしいが

酒場で詩を書いて許されるのはジョン・レノンくらいだ

という持論を持つ俺には当然ヤツは鼻持ちならない


  そう 僕は世界を救うことができる


受話器に相づちをうっていたサムがこちらにやってくる

「あんたの依頼人は来ないよ」

怪訝そうな俺の顔をサムはまっすぐ見つめる

「すぐ先の通りで事故にあったそうだ」

若造が聞き耳を立てているのが分かる

インスピレーションを殺された詩人は他人の死に敏感だ

「仕方ない そろそろ帰るか」

一気にグラスを飲み干して俺は立ちあがる

「まあ、ここで酒を呑んでいたから命を救われたともいえるな、サム」

サムは満面の笑みを浮かべる

「そうさ、俺はこの薄汚れた酒場で毎晩

ちっぽけな奇跡を起こしてるんだよ」


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