人形
暗く物が散乱している場所にポツンと一つの人形が置いてある。黒い髪の毛に黒のワンピース、瞼が半分まで落ちた目から覗く深い蒼の目。今にも動きだしそうな人形を見て、少女は薄く笑みを浮かべた。
少女の姿も人形と同じだ。違うところは目が完全に開いているという所くらいで、その他は何も代わらない。
少女は人形の顔に手を添えた。まるで生きているかのような触り心地にうっとりと息を漏らす。
少女には記憶がない。目を開けるとすぐそこにこの人形があり、近くに置いてあった日記からいろんな事を学んだ。
日記の中には少女と同じく記憶を無くした誰かの日常が淡々と綴られていた。
最初の一文はこうある。
『私は――らしいです。』
まるで誰かから教えて貰ったかのような書き方だが、少女にはそれが羨ましく感じられた。何故なら少女の周りには教えてくれる人はいなかった。
少女にとっての全てはここにある物だ。この日記であり、本であり、様々な設計図などだ。それ以外を少女は知らない。知る術がない。物が雑多に置かれたこの箱庭が少女という世界そのものだったのだ。
人形から手を離す。しかし人形から目を離さない。それ以外することがないからだ。少女にとってこの箱庭は全てであるが故に、それら全てを少女は知っている。故に少女はそれらに興味を持つ事はない。
だがこの人形だけは違う、この人形だけは少女の世界に含まれてはいない。
「あなたは誰。あなたは何」
その問いかけに答えはない。当然だ。ここには少女しかいないのだから。
しかし、少女は悲しそうな顔をする。何故とは聞くまでもない、返事が貰えなかったからだ。
その場を離れた少女は少し離れた所に置いた椅子に座り、近くの机を引き寄せた。その上にあるのは一冊のノート。そこに書かれているのは少女の記憶だ。
『今日も――に話しかけてみました。しかし返事はありませんでした。とても悲しかったです。』
人形に名前はない。だから少女は――と名付けた。少女にとってそれ以外に名前と呼べるものが分からないからだ。故に人形は――だ。そして少女も――だ。
少女は両肘を机に付け、――を恋するような瞳で見つめる。起きたらきっと友達になろうとそんな事を思いながら。
少女はだんだん眠たくなってきた。ここずっと、起きてから寝ていなかったのだが特にそれを気にしたことはなかった。初めて感じる眠気というものに、そんな少女が逆らえるはずもなかった。
瞼が落ちていく。抗いようのない眠気に、少女はふと考えた。眠っている間に人形が起きたらどうしようかと。しばらく考えて、やはりどうしようもないことに気が付いた。
だから少女は眠気に逆らうのを止め、そのまま眠ろうと思った。
瞼が半分まで落ちるが、完全には落ちなかった。意識だけが離れて、少女はすでに抜け殻も同然だった。
目を開くと、少女には記憶が無かった。目の前には両肘を机に置き、うっとりとした表情のまま半眼になっている人形があった。
少女はそれに近づいた。机の上に一冊のノートを手に取る。どうやらこれは少女の記憶のようだ。
その最初の一文にはこうある。
『私は――らしいです。』
ヒトガタ、コワイ。