第六話:仁の気まずさ
「こ...こんにちは」
玄関を開けるとそこにいたのは純白のワンピースに身を包んだ女性だった。
その人は中学の頃の同じクラスだったこともある宮岡であった。
「あ、宮岡さん。こんにちは」
「あ...仁君...あの、雪...いますか? 」
宮岡は視線をオロオロと泳がしながらか細い声を必死に絞り出す。
「あ、雪ですか? あいつ多分本屋ですね」
「そうですか...それじゃ、また...失礼しました」
そうやって踵を返そうとする宮岡に仁は、
「中で待ちますか? もうすぐ帰ってくると思うんで」
「いいの...ですか...? 」
まるで呟いたかのように小さい声でそう言いながら、宮岡は首を小さく横に傾けた。
「大丈夫ですよ」
そうやって、微笑む仁。いきなり顔を伏せてもじもじする宮岡。どうしたのかなと、困惑する仁。
「それじゃ...お言葉に...甘えまして」
「はい、どうぞ」
―
「えっと、これコーヒーです。砂糖はお好みにどうぞ」
そう言いながら宮岡の前にコーヒーと砂糖が入ったプラスチックの容器を置く。
コーヒーからは湯気とともに美味しそうな匂いが出てきている。
「あ...すいません...別にここまでして...もらわなくても」
「あ、いえ。気にしないで下さい。好きでやってることなんで」
そうやって少し微笑みを向けると宮岡はまた顔を下にしてもじもじしだした。
仁はそうしている宮岡を“どうしたんだろう?”と、思いながら見ていた。
それから少し経って、
「それでは...いただきます」
「どうぞ」
宮岡は緑色のカップをそっと持ち上げて、自分の口に運んでいく。
飲み始めてから少ししたところで宮岡はびくっと震えて、あわててカップを机に置く。
「あ、暑かったですか? 」
「い、いえ、そういうわけでは...」
「ちょっと貸して下さい」
そう言い仁は宮岡の前にあるカップを自分の目の前に持っていくと、何の躊躇いもなくフーっと息を2、3回吹きかける。
この一連の行動はいつも霞にやらされていることなので仁にとっては全く普通の行動だったのだが、
「あ...う...」
「あ、すいませんっ。失礼でしたよね。すぐ、取り替えます」
顔を上げると口をあんぐり開けたまま真っ赤になっている宮岡を見て、自分のしたことの失礼さに気づき立ち上がろうとした仁だったが、彼女の言葉にその行動は妨げられた。
「待って...それでいい...です」
「いや、でも・・・」
「大丈夫...ですから」
「そうですか、それじゃあ」
いつもより語気を強めて言う宮岡に押されて、仁はカップを宮岡の前に戻す。
それを宮岡はすぐに口に啜る。そして、
「おいしいです...ありがとうございます」
「どういたしまして」
少し経って、
「あの...今日は霞さんや妹さんたちは...」
「みんな外出中ですね」
霞はコンパで雛は部活で夢は友達と遊んでいるはずだ。
「あ...そうですか...」
そう言ってまた、宮岡は顔を赤くして俯いた。
よ、よく分からない人だな。と、思いながら仁はその姿を苦笑しながら眺めていた。
またまた少し経って、
「あの...久しぶりですよね」
「そうですねぇ」
確か、中学の卒業式以来だろうか。2ショット写真を雪に無理やり撮らされたのをよく覚えている。
「...あの」「はい? 」
「どうして...仁君は雪と同じ高校を受験しなかったのですか? 」
「ま、色々ありましてね」
「色々...」
そう少し低いトーンで呟いて以来、宮岡は口を閉ざした。
十分経過
「・・・」
「...」
あれから一言も話さずである。二人の間には少し気まずい雰囲気が流れていた。
何かを話そう。そう思う仁ではあるのだが何を話していいのかがいまいち分からない。
このまま逃げ出そうか。それは失礼すぎる。
十分経過
遅い。何やってる雪のやつ。後で怒ろう、絶対怒ろう。そう心に決めていると、
「あの...」
久しぶりに宮岡が口を開いた。すごく遠慮しがちに。
「雪...遅いですね」
「確かに。アイツ何してるんでしょうかね? 自分で呼んどいて」
「...いつものことですから」
そう、さも当たり前のように少し苦笑しながら言う宮岡。
「いつもって・・・もっと怒っても良いんですよ? 」
仁は少し呆れ顔で宮岡に提案する。
「いや...雪にはいつも優しくしてもらってるし...怒るなんてそんな...」
段々と語気が弱くなりながらも宮岡はそう発した。
「ふっ」
「...どうしたのですか」
いきなり息を漏らした仁を目をきょとんとしながら宮岡は見る。
「いや、安心したかなって。宮岡さんがいれば雪は大丈夫だなって」
「...雪が心配だったんですか? 」
また少し俯きながら、宮岡は虫の鳴き声のような声で聞く。
「まあ、あんなんですからね」
「...そうですね」
「大変でしょ」
「...まあ...大変ですね」
「あんなんですからね」
「...あんなんですからね」
「コラーッ!! 私の居ないところで何、悪口言ってるんだぁぁぁ」
突然リビングの扉が開いたと思って見てみるとそこには片手に先程買ったであろう漫画を持った雪が立っていた。
「あ、おかえり」
「...おかえりなさい」
「誤魔化すなっ!! 」
「誤魔化すって何を? それよりお前、何やってたんだよ? おそすぎだろ」
雪は買ってきた漫画をリビングに置く。【大根仮面:6巻】
仁は題名を見た瞬間、面白くなさそっ、と思った。
よく6巻続いたな・・・そんな奇跡に少し感心していると、
あ、そのことか、と言ってから、何食わぬ顔で言う。
「いやそれが、ちょっと道に迷っててさぁ」
「...また? 」
「え、またって、え、まじか? 」
手を頭に当て申し訳ないのポーズを取りながら暢気に言う雪と、それに反応する宮岡、それに驚く仁。
「しまった!! 奏、言っちゃ駄目じゃないか」
「...ごめん」
「しまったじゃない、しまったじゃ。それに宮岡さんは謝らなくていいから」
いくら頼りないからってそれはないだろうと思っていたのに。軽くショックを受ける仁。
「ゆっくり話、聞かせてもらうからな」
「うわー。奏、私の部屋に逃げるぞっ」
「そうはさせるか」
逃げる雪、追う仁、笑う宮岡。
暫くの間家の中に二人のあ足音が響く。
「楽しそう」
―
宮岡が帰った後のリビング。
「で、いったいどういうことなんだ? 」
「何が? 」
「とぼけるな」
仁の顔はなかなか深刻であった。
「そんな怖い顔するなよ。たまにあるじゃん、自分の家の形忘れるとか? 」
「は? 」
深刻の顔が瞬間に固まる。
「自分の家の前で一時間右往左往することなんてザラだよ」
「・・・もういい解散」
そうして夜は更けていく。