第二話:雪のはじめてのおつかい
七海家の休日の一幕
「あぁぁぁぁぁぁ、暇ぁぁぁぁ」
「黙れ」
「ねぇ仁。一緒にゲームしよう」
「黙れ」
「ねぇ」
「黙れ」
「まだ、何も言ってないのに・・・」
仁は昼食に使った食器を洗いながら隣にいるうるさい双子の(一応)姉をぞんざいに扱う。
ちなみに食器洗いは仁と雪ともう一人の妹、雛での当番制になっている。
前までは霞を含めた四人のローテーションだったが、食器の消耗があまりにも激しすぎたので現在は二人で回している。
今日は仁の当番である。
「俺は忙しいんだ。ゲームなら霞姉さんか夢とやれ」
「嫌だ。霞姉さんや夢に勝てるわけないじゃん」
その言葉を聞いて仁の皿洗いの手が止まる。
暫し二人の間に流れる沈黙の中の水音。
「ほぉ、それはつまり俺には勝てるということでいいんだな」
「まぁ、その可能性は極めて高いわね」
「受けてたとうじゃないか」
仁は水道を止め、皿をそっと置き、手を拭くとさっさとゲーム機がリビングへと向かった。
台所で一人立ってその流れる動きを見ていた雪はニヤッと微笑み、
「作戦成功」
そう思いながら台所を後にした。
「ねぇ」
「何だ? 」
「何か賭けがあったほうが面白くない? 」
「何を賭けるんだ? 」
「私が勝ったら晩御飯は焼肉」
「お前まだ言ってんのか」
呆れ顔で小さく溜息を漏らす仁。
「だって、食べたいんだもん」
そう言って、頬をぷくっと膨らます雪。
仁はそんな雪を傍目で見ながら、
「じゃあ、俺が勝ったら今日の晩御飯の買出しに行くこと」
「なっ」
一瞬、たじろぐ雪。それを見逃さない仁。右の口角をニヤッと吊り上げて、
「怖気ついたのかぁ? 」
ちなみにここで仁が雪に手料理まで求める事ができないのは、一家揃って病院送りは御免被るからである。
上二人の女性の料理スキルがほぼ0というかマイナスまで行っている上、母親の帰りはかなり遅いこともあり、料理は全て仁と下の妹の二人が担当となっているわけだ。
「ま、私が負けなければ良いだけだし」
「ふっ、いい度胸だな」
そう言って仁はコントローラを握る。二人に広がる沈黙の瞬間。もう二人の意識はテレビ画面に注がれていた。
耳を澄ませば二人の固唾を呑む音まで聞こえそうな緊迫した空間。
テレビ画面に3という数字が出て、二人はよりいっそうコントローラーを握った。
やがて、試合開始を示すゴングが鳴り響いた。
そんなこんなで雪の御遣いが始まる。
―
「えっと、買うべき物はと・・・」
スーパーに到着した雪はポケットから仁から預かったメモを取り出そうとした。
だが、そのポケットには何も入ってはいなかった。
「あ、あれ、確かここにあったはずなんだけどな・・・」
念のため他のポケットも漁ってみる。
出てきたのは去年の誕生日、妹の雛に貰った可愛い花柄のハンカチだけだった。
「・・・」
雪は考える。このまま引き返した場合のことを。
『何だ? お前は一人で買い物もできないのか? 』
そう言って軽蔑の眼差しを送る仁。
『えー、私、腹減って死にそうだよー』
そう言って恨めしげな視線を送る霞。
『姉さん、私に言ってくれたら代わってあげたのに』
そう言って心配そうな表情を浮かべる雛。
『雪ねぇ、ボクお腹すいたよぉ』
そう言って目じりに涙を潤ませる夢。
雪は気づく。この状況の深刻さを
“やばいっ!!”
雪は記憶を探る。今晩の夕食のメニューの
・・・
暫しの沈黙。
・・・
駄目だ。正直、仁に負けた悔しさからその後の会話は全く上の空だった。
「・・・どうしよう」
適当に誤魔化そうかとも思ったが、第一何をもって誤魔化した事になるのかもさっぱりである。
「そうだ、こんな時は」
ゴソゴソゴソと彼女は再びポケットを漁る。
「あ、あった」
ポケットから出てきた手が握っていたのはピンク色の携帯電話であった。
「えっと、これで」
だが、連絡先を選んでる最中彼女は気付く。
(・・・誰に聞いたらいいんだろう)
第一候補 仁 即却下
第二候補 霞姉さん 朝からお洒落してたので多分不在で却下
第三候補 雛 部活で不在で却下
第四候補 夢 多分家にいるが携帯電話未所持のため却下
(駄目だ・・・手詰まりか)
うーん。小さく唸る雪。
その刹那、彼女の頭にある一つの作戦が浮かぶ。
(これだっ)
雪の考えた作戦とはこうだ、
①自宅に電話
②夢が出てくる
③夢にそれとなく仁に今日の夕食を聞き出して貰う
④それを私に伝える
この場合、②で仁が出てくるとこの作戦は終了となるが、藁にも縋る思いの雪はこの大きな賭けに出るしかない。
雪は小さく震える手を何とか押さえながら携帯のボタンを押す。
プルル、プルル、プルル・・・ガチャッ
「はい、こちら七海ですが」
出てきたの可愛らしい声をした少女、紛れもなく夢であった。
雪はハキハキとした夢の声に“さすが我が妹”と思いながら、心の中でガッツポーズをした。
「あ、雪だけどさ」
「え、雪ねぇ? どうしたの? 」
素っ頓狂な声を上げる妹。もっと声を抑えてほしいがここは時間が惜しいのでさらっと用件を伝えることにする。
「―――そういうことだからよろしく」
「うん、分かった。ボクに任せて」
“さすが、我が妹だ私に似て頼りがいがある”と、仁が聞いたら「はぁ? 」と、本気で言われそうな事を惜しげもなく心の中で唱えながら2、3回「うん、うん」と頷く。
「あのね、仁にぃ今日の夕食何かな? 」
「ん? 」
受話器越しに二人の声が聞こえてくる。この感じだとおそらく二人はリビングだろう。
「珍しいね。夢が夕食のメニューを聞いてくるなんて? 」
「えっと、それはね・・・あのね・・・」
おそらく仁は夢にだけ見せる必殺技“にこにこスマイル”を発動中だろうと、推測する。
がんばれ、持ちこたえろ。
「何かあったの? 」
「えっと、その・・・」
もう少しだ、耐えろ。
「・・・」
「・・・」
ここ越えたら行ける、ラストスパートだ。
「・・・」
「・・・雪ねぇに言われたからです」
そんなこんなで雪は夢の優先順位が雪<仁であることを知って終わる。
「俺、そもそもメモなんか渡してないぞ」