最悪の末路
目が覚めると同時に頭をハンマーで殴られたような異臭に襲われた。
実際、頭はガンガンして、足首から腰にかけてズキズキ痛みが走っている。
起き上がろうとすると、手にヌルッとしたものが触れて体勢を崩しそうになった。
慌てて床を見た俺は吐きそうになる。
狭い部屋の床には、大量の糞が撒き散らされていた。
そして俺自身、マッパにされて全身糞まみれになっている。
なにが起きたのか、こうなる直前の記憶がまったく思い出せない。
「目が覚めたかよ?」
話しかけられて初めて誰かいたことに気づいた。
だがそいつも全身糞まみれだ。
「なんだよこれ?どうなってんだよ!」
薄く笑っただけで答えようとしないそいつにムカついて、殴ってやろうと思ったが、ここに他にも2人いることに気づいた。
1人はうつ伏せに寝てピクリとも動かない奴。
もう1人は正座して両手をダラリと下げ、天井を見上げながらブツブツ言ってる完全にイッちまってる奴だ。
「どこなんだよ、ここは?」
話しかけた奴に聞くと、少しだけ顔を上に向ける。
視線の先には天井に人1人が通れるくらいの蓋らしきものが見える。
俺はあそこからここへ落とされたのか。
「いつ出られるんだ?」
「わからねえよ。
きっとここに落とされたら死んでも出られねえんだ。
寝てる奴いるだろ?あいつもうとっくの昔に死んでんだぜ」
そう言って動かない奴を指す奴の目はドロっと濁り、ブツブツ言ってる奴の一歩手前までイッちまってるのがわかった。
俺はどうしてこんなところにいるんだ?
頭の痛みと吐き気ををこらえながら、気を失う前の出来事を必死で思い出した。
「ちょっと待て!万引きしただろう」
チビのオッサンが俺を呼び止めやがった。
ガタガタうるせーオッサンだ。
無視して店を出ようとすると腕を掴みやがったので、振り払ってやったら情けなく転んで何かわめいてやがる。
気にも止めずに歩いていくと、今度は別のガタイのいいオッサンに腕を掴まれた。
俺は抵抗したが、こいつやたら力が強く無理やりさっきの店、コンビニに連れ戻され奥の事務所に座らされた。
そこには勝手に転んでできた傷に薬を塗っているチビのオッサンがいて、ニヤニヤしながら俺の顔を見てやがる。
「万引きしたものを出してくれないか」
「してねえよ。てめえの見間違いだろ」
だが、ガタイのいいオッサンが勝手に俺の鞄をあけて中身をぶちまけやがると、くだらねえ雑誌と整髪剤なんかが落ちてきた。
「これ、うちの店のだよね。お金払ったって言うならレシート見せてくれないか」
「そんなもん、店出たときに捨てちまって持ってねえよ」
このチビのニヤニヤ顔がやたらムカつく。
「あーあ、警察にでも親にでもなんでも言えばいいだろ。
どうせ学校なんかまともに行ってねえし、親も俺にビビってなんにも言えねえ。
警察ったって、この程度じゃ説教の一つでも聞いたら終りだもんな」
床にタンを吐いてやると、チビの顔面が引きつってやがる。いい気味だ。
「だいたい、俺がこんな安っすいもん欲しがるはずがねえだろ。
遊びだよ遊び。今すぐ金払うーっての。
人の遊びにケチつけやがって、てめえこそ警察に訴えてやるからよお」
「ふう。君はまだ子どもだからわからないだろうけれど。
うちのようなコンビニだと例えばどんな商品でも万引きされれば、商品そのものの損失に加え、本部には商品そのものの仕入を支払わないといけない。
万引きされた価格以上の損益が生まれるんだ」
「そんなこと俺の知ったことじゃねーって。どした?警察呼べよ?」
なに訳のわかんねえことほざいてんだこのチビは?
俺をこっからさっさと出せっての。
「わかった。とりあえず代金を支払ってもらおう」
サイフから1万円を出して、さっき吐いたタンの上に投げて足で踏みつけてやったら、チビは血管浮かしながら拾い上げてやんの。
バーカ!
俺はてめえみてえにそんな金拾えるほど、金に困ってる貧乏人じゃねえっての。
「これで俺は客だぜ。客だったら神様なんだろ?さっさとこっから出せよこのボケチビ!」
「ああ。だけどお釣りを返さないといけない。そこのペットボトルのお茶でも飲んでてくれ」
そんなもん飲むかボケ。
と思ったが、ガタイのいい奴がわざわざパキッとフタをあけて紙コップに注ぎやがった。
まあ、いいだろう。
確かに少しノドが渇いた。
金払ってやったんだから、茶くらい出して当然だ。
まったくグズなコンビニだが、またからかってやろう。
そうだ。仲間何十人も呼んできて店中のものゴッソリ奪ってやろう。
それならガタイのいいオッサンも手が出せねえし、ボケチビの泣き面が目に浮かぶぜ。
あれ、おかしいな?
急に眠気が。
どうしたんだ俺?
戻ってきたチビの野郎、なんでまたニタニタ笑ってやがんだ?
「そうだ!あのチビ!」
俺は完全に思い出した。
「てめえもあの店で万引きしたんだろ?」
「なんで知ってる?」
「おれもそうだったからな。なんであんなことしちまったんだろ」
「だったら、あそこでくたばってる奴も、頭がイッちまってる奴も万引きしたからここに連れてこられたってことか?」
「他に心当たりないだろ?」
「どうやったら出られるんだ?」
「知らないな。おれだって気づいた時にはここにいて、あいつもまだ生きてたし、あいつだって少しは正気だったんだ。
それで、あいつが死んでからしばらくは怖かったけど、そのうち期待するようになったんだ。なにかわかるか?」
「わかるかよ!なにをだ?」
「死体を取り出すために出口かなにかが開くんじゃないかってな。
だけどよ、いつまでたってもそんなもん開かねえ。
あいつ、死んでからずっとあそこに放ったらかされたままなんだよ!」
悪臭は1日で慣れた。
慣れてしまえば吐き気も起きない。
メシは時々天井の蓋が開いて、賞味期限切れの弁当やおにぎりが糞の中へ落とされるので、手でかき分けて拾って食った。
食ったら食ったぶん、また糞になって部屋を埋めていくが、だんだん気にならなくなっていく。
薄暗い部屋の中だと、今日が何日だったかも忘れたし、覚えてる意味もねえ。
どれくらい前になるかも忘れたが、ブツブツ言ってた奴が壁に向かったまま動かなくなった。
だんだん糞の中に沈んでいきやがるが、どうでもいい。
俺がここへ落とされた時に話をしてた奴も、今は天井を見上げてブツブツ言って、声をかけても反応しない。
俺ももうすぐああなるのか。
なんでこんなわけの分からないことになったんだ。
なんで俺は万引きなんてしたんだろう。
あの時チビに謝っておけばこんなことにならなかったのか?
最初から死んでた奴の死体はまだ完全に埋まらずに見えている。
ああ、そういえば都市伝説であったな。
コンビニで売られているおにぎりとか弁当を毎日食い続けると、それに使ってある保存料とか添加物のせいで死んでも腐らなくなるとか。
あんなもの信じてなかったけど、あいつは最初に見た時のままいまだに腐る様子がない。
俺が死んでも、誰にも知られず腐ることもできないまま糞に埋もれていくだけなのか?
助けろ。
俺を助けろ。
頼む、助けろ。
助けてくれ。
頼む、助けてくれ。
お願いだから助けてくれよ!
俺の頭の中で、なにかが音を立てて切れていく。