It is 『It』(中編)
―――???―――
「はぁっ・・・はぁっ・・・」
暗い道を誰かに手を引かれながら走る。
何で走ってるんだっけ?
―――思い、出せない。
タッタッタッタッ
響く靴音。
唯、暗い道を走り続ける。
右へ、左へ。
ゴールのない迷路のような道。
出口のない密室。
息の詰まる深海のような―――
―――夢―――
そう、夢だ。
だって・・・佳奈子は死んだ。
・・・いや、喰われた。
立ち止まる。
必然的にわたしの手を引いている人も止まる。
その手から伝わる体温は冷たい。
―――まるで、死体のように。
そろり、そろりと顔を上げる。
見たくない。
しかし、顔はわたしの意思に反して持ち上がる。
・・・そこに、あった顔は・・・・・・・・・
「っ!!??・・・はぁっ・・・はぁっ・・・」
―――???:和室―――
「はぁっ・・・ふぅ・・・」
目が覚めたら、見覚えのない和室にいた。
悪夢を振り払うかのように頭を振る。
当然、目覚めは最悪だ。
「はぁ・・・」
呼吸が落ち着く。
少しだけ思考が回復する。
記憶の最後にあるのは血に塗れたカヲ。
―――そして、黒い背中と銀の髪。
あの時、アレは確かに言った。
・・・聞こえて、しまった。
―――ツギハオマエヲクラッテヤル―――
ゾクッッッ!!
寒気が走る。
冷や汗が流れ体の震えが止まらない。
ドクンッドクンッドクンッ!
心臓が早鐘のように鳴る。
カサッ
ふと、何かが手に触れて落ち着いた。
手にとって見ると紙だった。
何だろう?と思い裏返してみたら何かが書いてある。
―――起きたなら服を着替えるといい。血の付いた服は適当な袋に入れて密閉しておけ。処分しておく。その後は好きにするがいい。ここに居座ろうが、ここから出て行こうが、な―――
「・・・」
わたしの事を一応案じてくれているような内容だけど一体誰だろうか?
もしかして、あの時、助けてくれた人?
ガタガタッ!!
「っ!?・・・」
・・・とりあえず、着替えるとしよう。
決して、怖いわけじゃない。きっと、ぜったい、めいびー?
しゅるっ・・・ぱさ・・・しゅるる・・・
買った服の中にあったシンプルな黒いパジャマに着替える・・・わたしのセンスじゃない。
ロシア人のおばあちゃんに似たわたしは黒い服を着たほうが映えるらしい。
佳奈子が言ってた。
脱いだ服は空いた袋の中に入れて空気を抜いてからしっかりと袋の口を縛る。
空気を抜かないと袋が破けたりしたときに臭いが危ない。
※本当です。即効性があります。
髪を触って血の付いてないことを確認してちょっと安心した。
・・・正直な話、今の状態で一人でお風呂に入るのは限りなく不可能だと思う。
・・・こわくないよ?
(一応)女としてどうかとは思うけど無理なものは無理だ。
いえす、のーをハッキリ言えるようになりましょう。意思表示は大切です。おいこら、(一応)ってつけたの誰?え?地の文に突っ込むな?主人公の特権?あっ、ちょっ・・・
ガタッ!!ガタガタッ!!
びくっ!?
にかいめ。
風で窓が揺れただけ。
普段はこんなことで怖がったりはしない。
それだけ、精神的に参っているのだろう。
ガタンッ!!
びくっ!?
・・・結局、強がっていても怖いものは怖い。
携帯を開いてみると時間は夜中の十一時。
アレからかなりの時間が経っているが一人からもメールが来ていない。
まあ・・・まともな付き合いがあるのは佳奈子だけだし。
両親が残してくれた家には私以外誰もいない/いなくなった。
「ん・・・」
すこし喉が渇いているようだ。
この部屋の中には飲み物はない。
しょうがない、か。
キィィィ、パタン・・・
ドアを開けて部屋の外へ。
廊下は薄暗く・・・なかった。
「・・・・・・」
絶句した。
廊下の電気は夜中にもかかわらず点いていた。
エコに真正面から喧嘩を売っている。
トットットッ・・・
家主はわたしの事を気遣って電気を点けておいてくれたのだろうか?
そうじゃなかったとしてもありがたい。
普段ならともかく、今のわたしには薄暗がりを歩くことは困難だから。
キィィィ、パタン・・・
結論、この階に飲み物は無かった。
一つだけ開かない部屋があったがその部屋は当然除外。
ちなみに見た部屋の電気は点けっぱなしだった。
とてもありがたいけど・・・電気代がもったいない。
さて、この階に目的のものが無かったので今のわたしには二つの選択肢がある。
上に行くか、下に行くか。
追い詰められたとき、二つの選択肢があると人は反射的に片方を選ぶことがあるらしい。
例えば、右か左なら左を選んだり。
そして、佳奈子と一緒に見ていたテレビに出ていたとある教授は上か下なら反射的に上を選ぶのが人間だと言う。
樹上で暮らしていた祖先ならともかく、現代の人間が上に逃げるのは限りなく悪手だとも言っていた。
よし、そんなわけで下に行こう。
案外今のわたしは精神的に追い詰められている。
だから、下だ。
トンッ、トンッ、トンッ、トンッ・・・
一歩一歩階段を下りる。
トンッ・・・
―――???:?階―――
・・・さっきまで自分が居た階が2階だか3階だか、はたまた何十階だったのかも判らなかったので下の階、と表現させてもらう。
下の階もしっかり電気が点いていた。
どうやらダイニングキッチンらしい。
流し台に近づき置いてあるコップを手にとって軽くゆすいで水を入れる。
ジャー・・・キュッ・・・
「ん・・・ぷはぁ・・・」
渇いた口に潤いが戻る。
同時に、頬を何かが伝う感触。
「・・・ぇ?」
それは、涙だった。
まだ、涸れてなんかいなかった。
ただの一杯の水で張り詰めていた心が緩んだ。
ただ、それだけのこと・・・
「かなこ・・・かなこぉ・・・」
死者が残すのは記憶と記録だけ。
「うっく・・・ひぐっ・・・」
泣くなわたし。
泣いていたら佳奈子に笑われる。
バシャッ
コップに残った水を捨て軽く洗う。
「・・・はぁ」
これからどうしよう。
次はわたしの番。
確かにそう言っていた。
がたがたぶるぶる。
体が震える。
ドスンッ!!
「!!??」
隣の部屋から何かが落ちる音がして思いっきり驚いてしまった。
もしかして泥棒!?それとも・・・
トッ・・・トッ・・・トッ・・・
一歩一歩部屋と部屋とを隔てているドアへと近づく。
スッ・・・
ドアノブに手を掛けて、躊躇う。
ありえない・・・いや、考えたくないけどこのドアを空けた先には『アレ』が居るかもしれない。
嫌な空想を振り払うかのように頭を振る。
落ち着け、わたし。
深呼吸深呼吸・・・
「すぅぅ・・・はぁぁぁ・・・」
・・・うん、頭の中はまだぐちゃぐちゃだけど考えることは出来る。
―――さあ、一歩踏み出そう―――
カチャ・・・キィィィ・・・
・・・何というか・・・予想外な光景だった。
白と黒で統一された一見、単調そうに見えるが優美な部屋。
その部屋の中央付近に置かれたテーブルとソファーの近くで、輝く銀髪の誰かが頭を押さえて蹲っていた。
・・・蹲っていた?
なんだコレ?
どうしてこうなった?
あれー?さっきまでシリアスなシーンじゃなかったっけ?とかなんとかメタな事を考えていると銀髪の人が立ち上がって
「あたたた・・・やっぱりソファで寝るもんじゃねぇな・・・で、気分はどうだい?お嬢さん?」
こっちに振り向き問いを投げかけてきた。
振り向き際の横顔に見惚れていたわたしは答えようと口をあけて
「あ・・・」
声が出なかった。
いや、音は出ていた。
喋れなかったと言う方が正しいだろう。
「?」
「あ・・・う・・・」
「?・・・ああ、声が出ないのか?イエスなら頷いて、ノーなら首を振ってくれ」
コクコク
「そうか・・・恐らくショックによる一時的な物だろう。不便だろうがしばらく我慢してくれ」
コクン
ゴソゴソ
「?」
何をしてるんだろう?
「あったあった。とりあえずコレを使ってくれ」
どうやら何かを探していたみたい。
これは・・・ホワイトボード?
なるほど、筆談か。
「さて、早速だが名乗って置こう。俺は、クレハ・リーゼンヴァイツェ・十六夜。何でも屋だ」
ようやく更新できました。
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