Who is 『It』?(後編)
―――薄暗い路地を、右へ、左へ―――
「え、え~と・・・ここを右に・・・あれっ?左だったかな?・・・う~ん・・・右だっ!!」
路地に入ってから五分。
一事が万事こんな調子では、少し頭が痛くなってくる。
・・・まぁ、佳奈子は俗に言うアホの子、と言う人種である。
「迷って・・・ないよね?」
「えっ?大丈夫だよ・・・多分」
「多分って・・・」
「ちょっとした広場に出たら、すぐ分かるから」
今はどうなの?、と突っ込みを入れたい。
さすがに心配になってくる。
―――うっ・・・ぁあぁぁ・・・―――
ふと、呻き声が聞こえた気がする。
「ねぇ玖久瑠?今の、聞こえた?」
「うん・・・呻き声、だよね?」
「そうだね。とりあえず行ってみよっか?心配だし」
「・・・わかった」
少し不安を感じながら声の聞こえた方へ。
「うっ・・・あぁ・・・」
―――広場に、出た。
声が聞こえた方向に視線を向けると、こちらに背を向けて蹲る一人の男性。
多分、男性。
「あ、あの~・・・お兄さん?大丈夫?」
「・・・う・・・うぁ・・・り・・・い」
佳奈子の問いに男性?が、恐らく答えたのだろうが、かすれて聞き取れなかった。
「あ~・・・食べられない?」
「ち・・・に・・・た・・・な・・・」
また、佳奈子の問いに答えたようなかすれた声が絞り出される。
わたしは、その声に危険を感じていた。
「か、佳奈子・・・もう、行こう?」
「何で?困っている人を見捨てられないよ。とにかく、はっきりと理由を聞いてみなくちゃ」
「でも・・・」
「大丈夫だって」
笑う佳奈子。
こんな笑顔で言われては何もいえない。
「・・・が・・・が・・・ない・・・」
うめく、男性。
「ない?・・・足りない?お金でも落としたんですか?」
そう言って近づく佳奈子。
―――止めたかった。
―――止められなかった。
「たリない・・・」
独白する男性。それは、こちらの声が聞こえないかのような、異質な響きだった。
「あ~・・・あのぉ~、探すの手伝いましょうか?」
それを聞いて若干躊躇してから佳奈子は男性の肩に手を掛けた。
―――瞬間、こちらを向く男性。
クライ瞳に映るのは佳奈子。
「たりなイ・・・」
呟く男。
「あ、あの・・・」
「タリナい」
「ひうっ!?」
―――僅かに、怯える佳奈子。
少し、離れた場所に居るわたしも、怖い。
スッ―――
男が、立ち上がる。
「タリナイ・・・」
じゃり・・・
佳奈子が、後ずさる。
「なんなの!?コイツ・・・」
不快感を顕にする佳奈子。
ぶつぶつと呟く男性。
―――そして、男は、クチを歪めて、目的を、言った―――
「・・・血ガ・・・肉ガ・・・タリナイ・・・」
―――ゾクリッ!!!!
「いやぁぁぁ!!」
寒気を感じて、無意識に叫ぶわたし.
佳奈子は走り出しわたしの手を掴む。
向かうのは来た道とは別の道。
元来た道を戻るのは不利。
―――そう、判断したのだろう。
しかし、男は道の前に立ちふさがる。
―――ザッ―――
まるでコマがずれたかのように目の前にあらわれた。
急激に止まり前につんのめるわたし。
佳奈子はわたしをかばうように立つ。
カッ・・・
「あっ・・・」
ドサッ
一歩、後ろに下がろうとして転んでしまった。
「玖久瑠!!」
ザッ―――ザッ―――
一歩ずつ距離を縮めてくる男。
様子を見る様に佳奈子は少しずつ後ろに下がる。
腰が抜けて立てないわたしは這うようにして下がっていく。
「やあぁっ!!」
気合と共に放たれた佳奈子の上段回し蹴り。
―――だが、空手の有段者の一撃はあっけなくかわされてしまった。
「えっ!?」
驚愕する佳奈子。
ヒュッ!・・・ガッ!!
「う・・・ぐぅぅ・・・」
佳奈子は男に首を絞められ、宙吊りにされている。
わたしには何もできない。
「放せ!!放せぇ!!」
必死に抵抗するが男の手に込められた異常な力は欠片も緩められることはない。
「あ・・・あぁ・・・」
「く・・・くる・・・に・・・げて・・・」
「いやぁ・・・かなこぉ・・・」
佳奈子は悟っていたのだろう自分が逃げられないことを。
これから、自分がどうなるかを。
「くwあsろ・・・」
だが、男には関係ない。
友との一生の別れ?辞世の句?
そんなものはどうでもいい。
只、自らの欲求を満たすだけ。
「喰わせろぉぉぉぉっっ!!!!」
―――ぐちゃり
佳奈子の背中に生えた腕は、彼女の中にあった心の臓を掴んでいた。
千切れた血管からまだ暖かい血液がぼとり、ぼとりと流れ落ちる。
―――ズリュリュ
心臓を掴んだまま引きずり出される腕。
ドサッ・・・
肋骨か何かに引っかかりでもしたのか払うように佳奈子の死体を投げ出す。
ビチャビチャッ!!
わたしに何かが降りかかる。
鼻の奥に鉄のさびたような匂いがする。
―――男が、動いた。
グチャッ・・・くちゃり、くちゃり
心臓を握りつぶしそのまま口元に運びこむ。
そして、咀嚼を始めた。
くちゃ・・・くちゃ・・・
思考が、追いついてきた。
追いついてきてしまった。
コイツは死体を喰っている。
理解、して、しまった。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
慟哭。
それすらも気にせず咀嚼を続ける男。
くちゃ・・・
「あっ・・・ぁあ・・・」
ぼろぼろと涙がこぼれてくる。
男はこちらに背を向けしゃがみ込み死体の目を抉る。
ゴリュッ!!くちゃ、くちゃ・・・ゴクン。
ゴッ!!ブチブチィッ!!グチャッ!!ドスッ!!
死体がどんどん陵辱されていく。
くちゃり・・・じゅる・・・じゅるる・・・
肉は食われ、血は啜られその身に残った僅かな熱も失われていく。
ぐちゃっ!!ずるるっ・・・
胎が裂かれ|腸《中に収められていた臓物》が引きずり出される。
ずるるるっ!!ぐちゃ!!くちゃり・・・くちゃり・・・くちゃり・・・
「いやぁ・・・いやぁ・・・」
子供のように泣き続ける。
これは夢だと信じたい。
鉄錆の匂いがそうさせない。
―――コッ。
「ぇ・・・?」
―――幻聴だと、思った。
―――縋り付きたいほど、安堵しそうだった。
コツリ・・・コツリ・・・
目の前に現れたのは黒い背中に流れる銀の川。
僅かに、視線を上げる。
「あっ・・・」
泣き叫ぶのを忘れて見とれていた。
つばの広い、黒い帽子に隠れたその瞳が大丈夫、と語ってる気がした。
黒い人は、目の前の男に視線を向ける。
―――――くちゃ―――――
咀嚼が、止まった。
ナニカを感じ取ったのか、黒い人は僅かに、身構える。
―――ぐりん!!
男がこちらにカヲを向けた。
佳奈子の血に塗れ、醜く、歪んでいる。
男が、クチを、開く。
―――ツギハオマエヲクッテヤル―――
男からあふれ出す何かに身が竦み、意識が薄れる。
目が覚めたら、全部夢だったら・・・
そんなことを思いながら、わたしの目の前は真っ暗になった。
真面目にやってるのて辛い。
次回、It is 『It』(前編)
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