Who is 『It』?(前編)
俺が開いた何でも屋の四階にある客間・・・その中央に敷かれた今日干したばかりの布団は布団としての役目を現在進行形で全うしている。
布団に寝ているのは一人の少女・・・その寝顔にはまだ、あどけなさが残る。
「はぁ・・・」
本当に厄介なことに巻き込まれた。
少し自分の行動を反省するとしよう。
客間のドアを閉め、下に下りる。
居間にあるソファに体を投げ出し思考の海に潜りだす・・・
――――――黒白街:雑貨町
咽かえるような湿気と、刺すような熱気の中、俺は黒いロングコートを着て街中を歩いていた。
通行人がこちらに奇人変人でも見るような視線を向けてくるが知ったこっちゃない。
右手には大きく膨らんだ買い物袋が三つ。
手に食い込んでそろそろうざったい。
こう見えてもこのコートは通気性に優れた夏用だ。
暑い、何てことはない。さらに対衝撃、防弾、防刃まで完璧な優れもの。
何で対衝撃、防弾、防刃仕様なのかって?そりゃぁ決まっているだろう?
この街では撃ったり撃たれたり、切ったり切られたり、轢いたり轢かれたりなんて当たり前だからだ。
―――まあ、裏と地下の人間に限るが・・・
だが、表の人間でも切ったり切られたり程度ならそこまで珍しくもない。
裏や地下で因縁持ってる奴が上で偶然会って・・・みたいな?
この街―――
黒白街には表と裏がある―――
地上と地下がある―――
相反する二つの世界が危ういバランスで成り立っている。
そのバランスは裏と地下の大体の人間、そして地上の高い位置に居る人間しか知らない。
明確で、不明瞭なルールがある。
だからこそ、水の中で目を閉じたようなあいまいなこの街は居心地がいい。
来て数日の今日、いきなり厄介事に巻き込まれたんだけどね。
「いやぁぁぁっ!!」
叫び声が、聞こえた。
セカイの色が消えていく。
思考は加速。
心拍数は増加。
肌からは冷や汗が流れ落ちる。
「っ・・・!・・・っ!!」
ナニカに抵抗するような声とも取れない音がして―――
―――ぐちゃり
・・・そんな、音がした。
音の聞こえた方向には入り組んだ路地の暗がり。
光と闇の中間点が口を開けている。
―――関わるな!!
世界中を周っているうちに磨かれた、直感のような本能が叫ぶ。
無意識に足が止まる。
体温が下がっていくような感覚に囚われる。
咽の奥がからからと渇いていく。
思考と試行の先にあるコタエに辿りつくその瞬間。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
先ほどより大きな叫び。
世界の色が戻った。
次の瞬間には買ったばかりの雑貨が入った袋を投げ捨て、駆け出していた。
タッタッタッタッ・・・
くちゃり・・・くちゃり・・・
何かを咀嚼するような音が聞こえた。
嫌な予感が無数に鎌首を持ち上げる。
タッ―――
路地の奥にあった広場に『ソレ』はいた。
蹲った『ソレ』の後方には一人の少女。
『ソレ』は少女も、今この場に現れたばかりの自分すらも無視して何かを咀嚼していた。
ぐちゃ―――くちゃり、くちゃり
「い、いや・・・いやぁ・・・」
少女の位置から『ソレ』が何を喰らっているのが見えるのだろうか?
―――それとも『ソレ』が喰らっている者の正体を元々知っていたのか?
コツリコツリ・・・
確認の為に適度な間合いを保ちつつ『ソレ』と少女の間に移動する。
「あっ・・・」
少女の、ほんの僅かに安堵した声が聞こえた。
大丈夫、と視線で答える。
『ソレ』に向き直り視線を集中。
『ソレ』が喰らっていたのは―――
髪は引きちぎられ目は抉られ歯はすべて叩き折られ舌はもがれ胸に穴が空き胎は裂かれて本来その中にあるはずの臓物を引きずり出されたおそらく、女性の死体だった。
ぞぶり―――と肌が粟立つ。
『ソレ』は死体から引きずり出した臓物をくちゃくちゃと咀嚼していた。
一心不乱に―――
何かに執り付かれた様に―――
人間の男性にしか見えない後姿の『ソレ』はどう見ても人間には見えなかった。
―――くちゃり―――
咀嚼を止める『ソレ』・・・自然と身構える。
伊達に裏の世界を見てきてはいない。
多少の厄介ごとなら何とかする自負はある。
―――だが、これは多少の範疇を越えている。
いざとなったら奥の手を使わなければならない。
ぐりん―――
こちらに向いてきた『ソレ』のカヲは血に濡れ、醜くユガンデイタ。
『ソレ』が呟く。
―――ツギハオマエヲクッテヤル―――
そのコトバと共に叩きつけられたのは殺気。
自分ではなく後ろに居る少女に向けられている物と判っていても怯んでしまう。
ありえない―――
表の―――二十代後半の男性にしか見えない『ソレ』が出すには不釣合いな、裏の中堅に相当する殺気だ。
殺気が途切れる。
目の前からは『ソレ』が居なくなっていた。
広場に残された女性の死体。
気絶した少女。
そして―――俺。
この事件がスタートに過ぎないなんて、思いたくも無かった。
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次回、Who is 『It』?(中編)
更新は多分今週中になります。