3.正統王国
国境を越えると北方王国とは違う、正統と自ら名乗ってしまう程の古い王国の匂いがした。街道は整備されているが、石畳に歴史を感じた。街道の脇には名もない遺跡が点在している。
「ここから王都までは四日。馬を飛ばせば三日で着くって、宿屋の主人が言っていたな」
「これからは、気ぃつけて行きや」
ケトが言った。
「そんなに危ない道なのか?」
ケトは小さく鼻を鳴らした。
「ええか、ここは生き馬の目ぇ抜く国やで。ちょっとでも気ぃ抜いたら、財布も荷物も全部持ってかれんで」
「そうなのか?」
「そないやで。商人は笑顔でこすい真似しよるし、衛兵かて袖の下もろたら知らん顔や」
俺は手綱を握り直し、深く息を吸った。
「分かった。気をつけて進むことにしよう」
正統王国はエウラシア大陸の中央にあって、大陸で最も古い王家が治めている。貴族文化が発達し、芸術、学問、礼法が洗練された文化の都だ。
街道を進んで三日目、ようやく王都の美しい尖塔群が見えてきた。
王都には白い石で築かれた尖塔がいくつも立ち並んでいて、尖塔の都とも呼ばれている。その姿は美しく、旅人はその荘厳さにしばしば息を呑むほどだ。
王都の城壁は高く、入口の門は立派だった。けれど警備は国境ほど厳しくなく、冒険者登録証で問題なく通る事ができた。門をくぐると、石畳の大通りには、人や馬、商人の声が渦巻いていた。
「やっと着いたな。ここでエルフの国の情報が少しでも聞ければいいんだが」
「心配いらんわ。案内役はもう決めてあるさかいな」
「ケトが? 猫の知り合いでもいるのか?」
「ちゃうわ。エルフの国ゆうたらエルフに決まっとるやろが」
半信半疑でケトについていくと、王宮の前に出た。
くたびれた姿の俺は、すぐに王宮の衛兵に睨まれた。
「ケト、こんなところにお前の知り合いなんかいるのか?」
外套についた泥を気休めに払いながら、俺はケトに声をかけた。
「ちょっと待っとき」
ケトはそう言って姿を消してしまった。
俺は王宮の表門から少し離れて、衛兵の視線を避けながらケトの戻りを待った。
やがて背後から気配を感じて振り向くと、表門とは別の道からケトが戻ってきた。
しかも黒髪のエルフを連れている。
そのエルフは黒い胸当てに大振りの剣を下げ、絵画から抜け出したように美しく、精悍だった。
「君がケトの新しい相棒か。俺はラヴァンドレル・エル・ヴィオドール。ラヴァンと呼んでくれ。王都で騎士の指南役をしている」
ラヴァンが手を差し出したとき、俺はあまりの美しさに気後れして、その手をすぐに握れなかった。けれど、エルフが笑顔で首をかしげた姿が、あまりに親しげだったので思わず手を伸ばしていた。
「俺はレオン・フォルク。ケトの契約者は俺の母ですが、今はまあ、相棒です」
「よろしく、レオン」
ラヴァンはそう言うと、素早くケトに向き直り、ケトを捕まえた。
「ケト! 久しぶりじゃないか。元気だったか?」
ケトは激しく嫌がっている様子だったが、不意を突かれて抱きしめられ、頬ずりされている。
「やめ~や。これやからほんまは、お前と会いたなかったんや」
「そんなこと言うなよ、ケト」
その精悍な姿とは裏腹な様子に俺はしばらく口がきけなかった。ケトがやっとラヴァンの腕から逃げ出すと、俺の肩に逃げるように飛び乗ってきた。
ひと息つくとケトは本題に入った。
「そんなことよりや! あんたに頼みあって来たんや。この兄ちゃんをエルフの国まで案内して欲しいんや」
「エルフの国へ?」
人間がそんなところに何の用があるのかと、訝しんでいるのが分かった。
「母が病気で、妖精の森の泉の水が必要なんです」
「なるほど。だが精霊の泉の水は万能薬ではないぞ?」
「分かっとる。ほんでも可能性あるんやったら、賭けてみたいんや。ワイの命の恩人なんや」
「わかった。ケトの頼みなら断れないな。明日の朝、東門に来い。山脈越えが一番早い。山脈を抜ける最短の道を案内する」
「えっ!明日? 指南役の方は大丈夫なんですか?」
「俺の雇い賃は高いが、早い方がいいのだろ?」
「は、はい、・・・あの、いくらぐらい・・・」
「ははっ、冗談だ。明日からちょうど休暇でな。おかげで暇を持て余さずに済んだ」
「あ、ありがとうございます」
俺は思いきり深く頭を下げた。
そんな俺にケトが小声で囁いた。
「こう見えても、ラヴァンは頼りになるんやで」
「それは見れば分かるよ」
「ワイの目ぇには、全然頼りにならんように見えるけどな」
「まあ、ケトの前ではな。そうかもしれない」
俺は笑った。ラヴァンはそんな俺たちを見て、微笑んでいた。
「では明日だ。しっかり休んでおくといい。山脈を越えるのはひと苦労だからな」
その時、不安で重かった気分が少し軽くなった。
これからは、どう見ても頼りになるラヴァンが案内人になってくれるのだから。
ここまでお付き合いありがとうございました。
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