2.国境の街
エルフの国に行くには、正統王国を南東に進んだ先で山脈を越え、ドワーフの国とエルフの国の境界を示すドニエル湾の港から船で行く。
あるいは正統王国を南下してゴルン砂漠を通り、南方沿岸国の港から船で行くかのどちらかだ。
どちらにしても山脈を越えるか、砂漠を越えなければならない。
どちらに進むかは正統王国についてから考えることにした。
王都を出て五日目の夜、ようやく灯りが見えたころには、すっかり夜になっていた。予定より一つ宿場を飛ばして来たせいで、馬をだいぶ疲れさせてしまった。宿場町はもう寝静まっていて、通りには誰の姿もなかった。
宿屋の扉を叩くと、しばらくして眠そうな主人が顔を出した。
「悪いが、もう部屋は全部埋まってるよ」
最後の気力が抜けた。だが、主人が気の毒そうに続けて言った。
「馬小屋なら空いてるさ。よければ使いな」
俺は礼を言って馬小屋に入る。馬の身体を干し草でマッサージしてやった。
「まあ、屋根があるだけマシだな」
そう呟いて振り向くと、ケトはすでに藁の上で丸くなっていた。
「お前はどこでも寝られていいな・・・」
俺は外套を体に巻いて藁に身を沈めた。
朝、鳥の声で目を覚ますと、馬小屋の隙間からすでに光が差し込んでいた。
ケトはすでに起きていて、尻尾を立てて外を見ていた。
「いつまで寝とんねん」
ケトに責められつつ俺は馬小屋を出た。宿屋の主人に礼を言いに行くと、主人は桶の水を運んでいるところだった。
「昨夜は助かりました。本当にありがとうございます」
主人は笑って手を振った。
「いいってことよ。あんたら、ずいぶん急ぎの旅みたいだな。気をつけて行きな」
「はい、ありがとうございます」
俺は主人の店で馬の餌とケトのミルク、そして自分の食い物を買って、再び街道を走りだした。
国境の街に着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
石畳の向こうに関所の門が見えた。
関所は、冒険者登録証を見せれば簡単に通れるはずだった。けれど、関所の前には長い列ができていて、荷馬車、冒険者、商人たちが並び、皆が同じ方向を向いてじりじりと進んでいた。俺は列の最後尾に並び、足元のケトに声をかけた。
「こいつは、しばらく動きそうにないな」
前にいた中年の男が振り返り、苦笑いを浮かべた。
「このぶんだと、今日はもう関所を通ることはできないだろうよ。最近は、密輸が増えて検分が厳しくなってるって話らしいよ」
嫌な予感がしたが、並ぶしかなかった。
太陽が傾き、街の影が長く伸びる頃になって、ようやく列の先が見えてきた。
あと数人。あと少し、そう思った瞬間だった。
「本日の検分はここまでだ! 続きは明朝より行う!」
衛兵の声が乾いた空気に響き、列のあちこちからため息が漏れた。
俺の目の前で、鉄格子の門が重々しく閉じられる。
「冗談じゃないぜ・・・」
俺は文句を言ったが、衛兵に睨まれて、すぐにその場を離れた。
国境の街は旅人で溢れ、宿屋の前にはすでに人だかりができていた。どこも満室だろうと思いながらも、片っ端から扉を叩いて回った。三軒目の宿で、ようやく空きが一つ見つかった。狭い部屋だったが、屋根があり、鍵がかかるだけで十分だった。
「これで一日無駄になったわ。人間っちゅうんは、いっつもややこしいなぁ」
ケトは窓枠に跳び乗り、外を眺めながら言った。
俺は返事をするのも面倒で、深く息を吐き、明日の旅路を思いながら、硬い寝台に身を横たえた。
翌日は朝一番で関所を通る事ができた。順調な滑り出しだったが、あいにく空模様は怪しかった。
「なんか嫌な天気やなぁ」
「女心と春の空って言うからな」
「兄さん、いっちゃん女心わからんタイプやしな」
「黙ってろ。急ぐぞ!」
馬の腹を軽く蹴って速度を上げた。
ここまでお付き合いありがとうございました。
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