狐の嫁入り~あるお坊さんのおはなし~
あるところに、お話をすることが好きなお坊さんがいました。
お坊さんは今日もお寺の庭を箒で掃きながら、お話のタネを考えています。
――サッ。サッ。
「今日もいい天気ですねえ」
お坊さんは不思議な形の雲を見上げて呟きます。
♢♢♢
「あの、もし……」
いつの間に人がいたのか、お坊さんは背後から声をかけられました。
「はい?」
振り向いたお坊さんに、女は頭を下げてから、遠慮がちに切り出します。
「お恥ずかしい話ですが、私にはお金も、食べるものもありません。どうか助けてくださいませんか」
その美しい女はひどく痩せており、服はボロボロで、靴は履いていません。
お坊さんは「少しお待ちなさい」と言ってお寺の中に入っていきました。
♢♢♢
「ほら、これをお食べなさい」
お坊さんはそう言って、女に握り飯を二つ、差し出しました。
女はそれを受け取ると、お寺の庭の隅のほうに走って行って、蹲った背中を小さく丸めて、夢中で食べています。
お坊さんは「ふふ」と微笑むと、「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」……と呟きます。
――サアァ……。
急に雨が降ってきました。
お坊さんは女に「雨ですから、お寺の中へお入りなさい」と声をかけました。
すると握り飯を食べ終えた女は「お坊さま。ありがとうございました」と深く頭を下げます。
そして「本日は輿入れのため、もう行かねばなりません」と言って、パタパタと走り去っていきました。
「では、せめて傘を……」
女のあとを追いかけようとしたお坊さんは、そこに女が残した足跡を見ました。
それは人のものでなく、動物のものでした。
「ははあ。さては、狐の嫁入りですね」
お坊さんはサラサラと振る雨の中、しばらくそうして立っていました。
♢♢♢
突然の雨も止み、お坊さんは再び、庭を箒で掃きはじめます。
――サッ。サッ。
すると庭の隅のほうに、なにかがキラリと光りました。
お坊さんが近づいてみると、そこにはまだ新鮮な魚が鱗に太陽の光を反射して、木の葉を集めた上に乗せられていました。
「ふむ。これがいわゆる狐の恩返し……でしょうか」
お坊さんは独りごちると、懐から紙とペンを取り出して、サラサラと今日の出来事を書きつけました。
そして先ほどの美しい女を思い出し、その顔も描いてみました。
「全く、似ていませんねえ」
お坊さんはクツクツと笑うと、木の葉の上の魚を抱えて、お寺の中へと入っていきました。




