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第8話:愛する国を守るため(売り浴びせ)

 その日、王都に早鐘が鳴り響いた。隣国、ヴォルガノ帝国が宣戦布告を行い、国境へ向けて進軍を開始したというのだ。


「ど、どどどどうしましょうジェミニ! 戦争よ! ミサイルとか飛んでくるの!?」


 王宮へ向かう馬車の中で、私は頭を抱えてパニックになっていた。経済のことは少し分かってきたけれど、戦争なんて専門外もいいところだ。知識ゼロの私が太刀打ちできるわけがない。


『落ち着いてください、マスター。こちらの世界の文明レベルではミサイルは飛びません。しかし、敵戦力は我が国の3倍。正面衝突すれば敗北は必至です』


「じゃあ終わりじゃない! アルド様が死んじゃう!」


『物理的な戦闘では、です。……しかし、経済戦争であれば勝率は98%です』


 ジェミニの冷静な声に、私は顔を上げた。


「経済戦争……?」


『はい。ヴォルガノ帝国の弱点を解析しました。彼らは食料自給率が低く、輸入に依存しています。通貨の価値を暴落させれば、彼らは戦う前に干上がります』


「なるほど……つまり、兵糧攻めね!」


『その通りです。作戦名は「通貨の空売り(ショート)」。具体的な手順と、軍議でのカッコいい決め台詞スクリプトを作成しました。マスターはこれを読み上げるだけで英雄になれます』


 画面に表示された長文のカンペを見て、私はゴクリと唾を飲み込んだ。震える手でスマホを握りしめる。やるしかない。アルド様を守るためなら、私はAIの操り人形にだってなってやるわ。


「止まってください! ここより先は重要軍議の最中です! 部外者は立ち入り禁止です!」


 王宮の会議室前で、近衛兵たちが槍を交差させて私の行く手を阻んだ。私は足を止めず、懐からあの『羊皮紙の束』を取り出して突きつけた。


「部外者? 誰に向かって口を利いていますの? 私はこの国の『筆頭債権者』ですわよ」


「さ、債権者……?」


「この戦争で国が滅んだら、私が貸している3億5千万と利子が回収できなくなるでしょう? 出資者として、経営会議……いいえ、軍議に参加して発言する権利がありますわ!」


 私が借用書(という名の脅迫状)を振ってみせると、兵士たちは顔を見合わせてたじろいだ。さらに、「通さないなら、今すぐ全額返済を求めますけれど?」と笑顔で脅しをかけると、彼らは慌てて道を空けた。やはり、借金という鎖は剣よりも強し、だ。


 こうして強引に押し入った軍議室は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。  円卓を囲むのは、青ざめた顔の大臣たちと、なぜか一番張り切っているカイル殿下。そして、厳しい表情のアルド様。


「敵の兵力は5万! 対する我が軍は1万5千……。圧倒的に不利です!」


「弱音を吐くな! 我が国には伝統ある騎士道精神がある!」


 カイル殿下が地図をバンと叩いた。


「いいか、戦いは数ではない! 気合いと根性、そして愛国心だ! 全軍、正面から突撃して敵を粉砕せよ! 私も最前線で指揮を執る!」


「カイル様、素敵ですぅ! 愛の力で敵を追い返してくださいまし!」


 ミナがうっとりと手を組んでいる。……バカなの?


 私はこめかみの血管が切れそうになるのを必死で抑えた。


 装備はようやく新調されたけれど、兵力差3倍以上。しかも相手は軍事大国ヴォルガノだ。正面からぶつかれば、数時間で全滅する。


 アルド様が苦渋の表情で口を開いた。


「殿下……お言葉ですが、無謀です。今の我が軍の練度では、正面衝突は自殺行為に等しい。ここは籠城し、外交交渉の時間を稼ぐべきかと……」


「黙れアルド! 貴様、騎士団長のくせに死ぬのが怖いのか! 臆病者め!」


 罵声を浴びせられ、アルド様が悔しそうに拳を握りしめる。その姿を見て、私は我慢の限界を超えた。


「――お待ちなさい!!」


 私は椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がった。扇子を閉じ、カイル殿下を睨みつける。


「死ぬのが怖くない人間なんていてたまるもんですか! 死にに行くつもりですか、あなたは!」


「な、なんだと貴様……! なぜここにいる!」


「私の金(債権)を守るためですわ!それよりも! 1万5千の兵士には、それぞれ家族がいます。彼らを無策に死地へ追いやることが、王族の務めですか!? そんなものは勇気じゃない、ただの蛮勇ですわ!」


 一気にまくし立てると、会議室がシンと静まり返った。


 言った。言ってしまった。


 心臓がバクバクと暴れている。足がガクガク震えている。


 でも、ここで止めなきゃ、アルド様が死んでしまう。


「……じゃあ、どうしろと言うんだ! 指をくわえて国が滅ぶのを見ていろと言うのか!」


「いいえ。……戦うのですわ」


 私は震える手で、懐からスマホを取り出した。画面には、さっきジェミニが作ってくれた「必勝スクリプト」が表示されている。私はそれをチラリと見ながら、努めて堂々と振る舞った。


「ただし、剣や血ではなく……『お金』でね」


 私はジェミニに合図を送る。空中にホログラムの地図が展開された。


「な、なんだこれは!? 絵が浮いている!?」


「魔法か!? しかし詠唱も魔法陣もないぞ!」


 大臣たちが腰を抜かし、カイル殿下も目を剥いて後ずさる。この世界には存在しない未知の光景に、会議室はパニック寸前だ。私は咳払いを一つして、彼らの注意を引いた。


「古代の希少な魔導具ですわ。お気になさらず」


 適当な嘘で誤魔化し、私はカンペを読み上げながら地図を指し示した。


「ええっと……ヴォルガノ帝国は軍事大国ですが、食料自給率が極端に低く、兵站へいたん……つまり補給のほとんどを輸入に頼っていますわ」


「そ、それがどうした」


「彼らが戦争を続けるためには、武器や食料を買い続けなければなりません。つまり、大量の外貨が必要になる。……もし、彼らの自国通貨『ヴォルガノ・リラ』の価値が、紙屑同然になったら?」


 大臣たちがざわめき始める。


「通貨の暴落……?」


「物が買えなくなる……兵士への給料も払えなくなる……」


「そう。軍隊を動かすのは精神論ではありません。お金です。給料が出ない兵士は戦いませんし、食料が買えない軍隊は飢えて自滅します」


 私はニヤリと笑った。  精一杯の、悪役の笑みで。


「これから私が、ヴォルガノ・リラを徹底的に売り浴びせます。通貨価値を暴落させ、彼らの経済を破綻させて差し上げますわ」


 宣言したものの、内心は冷や汗でびっしょりだった。これは賭けだ。私の全財産、そして新たに設立した銀行に集めた国民の預金、その全てを担保にした、国家規模の空売り(ショート)。失敗すれば、破産するのは私の方だ。


 (怖い……。失敗したら、私だけじゃなく、信じて金を預けてくれたパン屋の親父さんや職人たちまで巻き込んでしまう)


 想像するだけで吐き気がする。


 その時、テーブルの下で、そっと私の手に温かい手が重ねられた。アルド様だ。  彼は私を見ず、前を向いたまま、力強く私の手を握りしめてくれていた。『あなたならできる』と信じてくれているように。


 その熱が、震える私の身体を支えてくれた。そうだ。私はもう一人じゃない。  守るべき人がいて、信じてくれる人がいる。だったら、やるしかないじゃない。


「……ジェミニ。準備は?」


『いつでも可能です、マスター。隣国の市場に潜伏させているエージェント(架空口座)とのリンク、完了しています』


「よろしい」


 私は扇子を高々と掲げた。


「さあ、戦争の時間よ! 武器を捨てて、注文書を持ちなさい! これよりヴォルガノ帝国に対し、経済制裁を開始します!」


 私の号令と共に、剣を使わない、けれど最も残酷で冷徹な戦争の火蓋が切って落とされた。


(第8話完)




【補足:この世界の経済と「売り浴びせ」の仕組み】

 本作は中世〜近世レベルの文明設定ですが、主人公セレスティアが行った「経済チート」は、以下の設定に基づいています。


1. 物理的な「両替商・商人ギルド」のネットワーク

  この世界には、国同士の交易に伴い、金貨や各国通貨リラなどを交換する「両替商」や「手形取引」を行う商人ギルドが各地に存在します。通常、レート情報は物理的な移動速度でしか伝わらないため、タイムラグがあります。


2. ジェミニによる「仮想市場」の構築

 AIジェミニは、魔力ネットワークやアカシックレコードの残滓を通じて、世界中に点在する両替商やギルドの帳簿、魔導通信による取引情報をリアルタイムにハッキング・集約しています。 これにより、本来なら数週間のラグがある市場情報をリアルタイムに統合し、可視化することを可能にしています。


3. 「売り浴びせ」の実行方法

 セレスティアの号令と共に、ジェミニは隣国に潜伏させているエージェント(架空口座や協力者の商人たち)に対し、魔導通信網を通じて一斉指令を送ります。 「手持ちのリラを今すぐ全部売れ!」「先物(将来の支払いを約束した手形)で売り契約を結べ!」という指示が同時多発的に実行されることで、人為的な大暴落を引き起こしています。

こんばんは。

三が日もあっという間ですね。


さて、物語はいよいよ最終局面。

「戦争」が始まりましたが、セレスティア嬢は剣を持ちません。

代わりに「売り注文」を出します。


次回は【19:00】頃更新。

剣を交えずに敵国を崩壊させる、経済戦争の結末です。

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