壁の向こう
――コン、コン。
まただ。
目覚ましも鳴っていないのに、私は正確に目を覚ました。
暗闇の中で、スマートフォンの画面を点ける。
2:14
毎晩、同じ時刻。
喉がひりつく。
布団の中で息を潜め、音の正体をやり過ごそうとするが、
今夜は様子が違った。
――コン、コン、コン。
回数が増えている。
「……あけて」
声が、近い。
昨日よりも、確実に。
私は壁を見つめた。
ベッドの横、コンセントのある位置。
そこから音がする。
この部屋に引っ越してきた時、不動産屋は言っていた。
「この部屋、前の人が急に出ちゃって。安いですよ」
理由は聞かなかった。
聞く必要がないと思った。
でも今、思い出す。
壁紙を張り替えたばかりなのに、
その部分だけ、微妙に色が違っていた。
――コン。
音と同時に、
壁紙が、ほんのわずかに膨らんだ。
息が止まる。
「……ここ」
声が、はっきりした。
私のすぐ耳元で囁くように。
「ここに、いる」
後ずさると、足が何かに当たった。
床に落ちた、古い写真。
拾い上げる。
それは、この部屋で撮られたものだった。
畳。
同じ位置の壁。
そして――
写真の端に写っている人物。
やせ細った男。
無精髭。
虚ろな目。
その顔は、鏡に映る自分と、よく似ていた。
写真の裏に、震える文字で書かれている。
ここから
出してもらえなかった
その瞬間、
壁の内側から、爪が引っかく音がした。
――ガリ、ガリ。
壁紙の下、
何かが、外へ出ようとしている。




