レイヴン・ラストフライト
人類の生体活動そのものを拒む、凍てついた虚無の宇宙空間。
その只中、俺は銀色の装甲をまとった可変型機動兵器〈GF-42 ストライカー〉のコックピットに座していた。
特殊機械兵部隊〈ブラックフェザー中隊〉――その指揮官が俺、コードネーム《レイヴン》だ。任務は、母艦〈アーク・ネスト〉の護衛。
その静寂を破り、偵察に出ていた部下の通信が割り込む。
「……こちらファルコン。前方宙域にヴォイドビーストの群れを確認!」
外部カメラが映し出したのは、限りなく続く暗黒。その奥底で、無数の赤い光がこちらを射抜いていた。
ヴォイドビースト――銀河における最大級の脅威。その眼光は、見る者の本能を氷結させる。
「こちらレイヴン。敵の数は把握できるか?」
回線の向こうで、ファルコンの声に焦燥が混じった。
俺は操縦桿を握り、〈ストライカー〉のセンサーを最大まで引き上げる。モニターに流れ込む数値が、警告音とともに跳ね上がった。
「……馬鹿な。これだけの規模の群れ、この宙域に潜んでいたなんて報告はない!」
短く息を吐き、中隊随一の分析役へ指示を飛ばす。
「オウル、数を正確に割り出せ。母艦への伝達も急げ!」
返答を待たず、俺は推進機関を全開にし、前線で孤立しかけているファルコンのもとへと加速する。
前線ではすでに戦闘が始まっていた。
ファルコンの操るRX-07Fが両肩の多連装ミサイルポッドを放ち、ヴォイドビーストの群れを牽制している。だがその火力は数を捌くには心許ない。
「レイヴン隊長! 流石に我々だけでは持ちません!」
「母艦がこの宙域を離れるまで時間を稼ぐぞ。殲滅は不可能だが、足止めくらいはできる!」
俺はストライカーの肩部砲門から誘導弾を放つ。同時に格納部から実体剣を抜き放った。漆銀の刃が星明りを反射する。
その瞬間、後方から閃光が走った。青白い光条が群れを貫き、数体を一瞬で爆散させる。
「こちらホーク、遅れて参戦だ!」
RX-09Hが援護射撃を開始。高精度の長距離砲を持つその機体が、戦況を一気に引き締める。ホークの射撃は誤差0.2%未満、ほぼ必中だった。
「俺とファルコンが接近してくるヴォイドビーストを押さえる! ホークは後方から漏れを仕留めろ!」
「了解!」
「あいよ……って言っても、この数じゃほぼ漏れっぱなしだろうけどな」
ホークはぼやきながらも、ためらいなくトリガーを引いた。蒼白い光弾が宙を裂き、二体のヴォイドビーストを正確に貫く。
「ファルコン! いつでも離脱できる位置を維持しながら戦え!」
そう告げ、俺はストライカーの推進を最大まで吹かす。黒い影の群れへと切り込む。
――耳障りな、空間を軋ませる咆哮。
ヴォイドビーストの群れが、一斉に俺を標的に定め突進してきた。
「来い……!」
剣が閃く。六体のヴォイドビーストが火花と断末魔を残して散った。だが、すぐさま別の三体が牙を剥いて襲いかかる。
「さすが隊長! 俺も負けてられねぇ!」
ファルコンが操る《ストーム》が横合いから突撃し、長大なランスで敵を串刺しにした。爆ぜる赤黒い肉塊。
「どうだ!」
「待て、ファルコン! 横だ!」
俺の警告と同時に、中型のヴォイドビーストが裂けた顎を開き、喉奥を灼熱に染め上げる。
「まさかっ――!」
次の瞬間、紅い閃光が空間を薙ぎ、ファルコンの機影を飲み込んだ。
――だが通信は途絶えていない。
「……まったく、危なっかしいわね」
聞き慣れた女の声が回線に響く。副隊長スワン。
RX-12Sと呼ばれる彼女の機体は、支援武装を主軸にした特異な機体だ。その装備したエネルギーシールドが、ヴォイドビーストの直撃を防ぎ切っていた。
光が収まると、バリアに守られた《ストーム》が煙を纏って姿を現す。
「助かりました!」
「だが……これはまずい。完全に我々の手に余る規模だ」
俺は短く息を吐き、通信を切り替える。
「母艦のオウルからの報告が入り次第、全隊即座に離脱する! 持ちこたえろ!」
オウルからの通信が届いたのは、その瞬間だった。
『――隊長、敵数を確認。小型・中型合わせて……三百を超えます』
「なに……!?」
思わず息が詰まる。
三百――それは中隊一つどころか、艦隊規模でようやく対処できる数だ。
『母艦も離脱態勢に入っている。だが、この密度では護衛しきれない……!』
「……っ」
俺は奥歯を噛み締め、乱れ飛ぶセンサーの警告音を遮断する。
無数のヴォイドビーストの影が、空を黒で塗り潰していた。
――その中で。
一際、異様な気配を放つ巨影が現れた。
全身を装甲のような殻に覆い、無数の眼孔が赤い光を放つ。まるで虚無そのものが形を取ったような、常識外れの存在。
「……バケモノめ」
中隊全員の息が、回線越しに凍りつくのが分かった。
瞬間、その異形が大口を開き、空間そのものを歪めるような咆哮を放った。
次の刹那――十数機のヴォイドビーストが一瞬で霧散する。
「な……味方を……?」
その動きに、誰も言葉を失った。
奴は、群れすらも利用し、蹂躙しながら進んでくる。
その瞬間、俺は悟った。
――これは、勝てない。全員が戦えば全滅だ。
「……中隊全員に伝える」
『……隊長?』
「今すぐ母艦へ帰投しろ」
「隊長! 何を言って――!」ファルコンの声が叫ぶ。
「俺が奴を引き受ける。その間に全員で逃げろ!」
『待ってください! それでは――』
「いいから行け!!!」
怒鳴るように叫ぶと、回線の向こうで仲間たちの息が詰まる。
……それでも、誰一人、すぐには返事をしなかった。
「……俺はレイヴン、この銀河で一番のエースパイロットだ、俺以外にあれと戦える奴はいないさ」
静かにそう告げると、重い沈黙の後、スワンの声が震えながら返ってきた。
『……必ず、生きて帰ってきて』
「約束はできないな」
俺は推進を最大まで吹かし、巨影へと突撃した。
迫り来る異様なヴォイドビースト。その顎が開かれ、空間を喰らわんとする。
「さあ来い……! せめて相打ちだ!!」
閃光と爆裂が視界を白で塗り潰す。
衝撃が全身を焼き、機体の警告音が絶叫のように鳴り響く。
最後に見たのは、仲間たちの機影が光の彼方へ逃れていく姿だった。
――ここで、俺の人生は終わった。
だが。
気が付けば、眩い光に包まれていた。
重い装甲の感覚も、振動も、痛みも消えている。
「……ここは……?」
目を開けると、そこにあったのは戦場ではなかった。
柔らかな陽光と、見知らぬ天井。
そして――小さな手が、俺を見下ろしていた。
趣味でゆっくり書いていくので、よろしければお付き合いください。




