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黒翼のナイトレイヴン  作者: げんげん
プロローグ
1/1

レイヴン・ラストフライト

 人類の生体活動そのものを拒む、凍てついた虚無の宇宙空間。

 その只中、俺は銀色の装甲をまとった可変型機動兵器〈GF-42 ストライカー〉のコックピットに座していた。

 特殊機械兵部隊〈ブラックフェザー中隊〉――その指揮官が俺、コードネーム《レイヴン》だ。任務は、母艦〈アーク・ネスト〉の護衛。


 その静寂を破り、偵察に出ていた部下の通信が割り込む。


「……こちらファルコン。前方宙域にヴォイドビーストの群れを確認!」


 外部カメラが映し出したのは、限りなく続く暗黒。その奥底で、無数の赤い光がこちらを射抜いていた。

 ヴォイドビースト――銀河における最大級の脅威。その眼光は、見る者の本能を氷結させる。


「こちらレイヴン。敵の数は把握できるか?」


 回線の向こうで、ファルコンの声に焦燥が混じった。

 俺は操縦桿を握り、〈ストライカー〉のセンサーを最大まで引き上げる。モニターに流れ込む数値が、警告音とともに跳ね上がった。


「……馬鹿な。これだけの規模の群れ、この宙域に潜んでいたなんて報告はない!」

 短く息を吐き、中隊随一の分析役へ指示を飛ばす。

「オウル、数を正確に割り出せ。母艦への伝達も急げ!」


 返答を待たず、俺は推進機関を全開にし、前線で孤立しかけているファルコンのもとへと加速する。


 前線ではすでに戦闘が始まっていた。


 ファルコンの操るRX-07Fストームが両肩の多連装ミサイルポッドを放ち、ヴォイドビーストの群れを牽制している。だがその火力は数を捌くには心許ない。


「レイヴン隊長! 流石に我々だけでは持ちません!」


 「母艦がこの宙域を離れるまで時間を稼ぐぞ。殲滅は不可能だが、足止めくらいはできる!」


 俺はストライカーの肩部砲門から誘導弾を放つ。同時に格納部から実体剣を抜き放った。漆銀の刃が星明りを反射する。


 その瞬間、後方から閃光が走った。青白い光条が群れを貫き、数体を一瞬で爆散させる。


「こちらホーク、遅れて参戦だ!」


 RX-09Hアイアンホークが援護射撃を開始。高精度の長距離砲を持つその機体が、戦況を一気に引き締める。ホークの射撃は誤差0.2%未満、ほぼ必中だった。


「俺とファルコンが接近してくるヴォイドビーストを押さえる! ホークは後方から漏れを仕留めろ!」

「了解!」

「あいよ……って言っても、この数じゃほぼ漏れっぱなしだろうけどな」


 ホークはぼやきながらも、ためらいなくトリガーを引いた。蒼白い光弾が宙を裂き、二体のヴォイドビーストを正確に貫く。


「ファルコン! いつでも離脱できる位置を維持しながら戦え!」

 そう告げ、俺はストライカーの推進を最大まで吹かす。黒い影の群れへと切り込む。


 ――耳障りな、空間を軋ませる咆哮。

 ヴォイドビーストの群れが、一斉に俺を標的に定め突進してきた。


「来い……!」


 剣が閃く。六体のヴォイドビーストが火花と断末魔を残して散った。だが、すぐさま別の三体が牙を剥いて襲いかかる。


「さすが隊長! 俺も負けてられねぇ!」

 ファルコンが操る《ストーム》が横合いから突撃し、長大なランスで敵を串刺しにした。爆ぜる赤黒い肉塊。

「どうだ!」


「待て、ファルコン! 横だ!」


 俺の警告と同時に、中型のヴォイドビーストが裂けた顎を開き、喉奥を灼熱に染め上げる。


「まさかっ――!」


 次の瞬間、紅い閃光が空間を薙ぎ、ファルコンの機影を飲み込んだ。


 ――だが通信は途絶えていない。


「……まったく、危なっかしいわね」


 聞き慣れた女の声が回線に響く。副隊長スワン。

 RX-12Sアークと呼ばれる彼女の機体は、支援武装を主軸にした特異な機体だ。その装備したエネルギーシールドが、ヴォイドビーストの直撃を防ぎ切っていた。


 光が収まると、バリアに守られた《ストーム》が煙を纏って姿を現す。


「助かりました!」

「だが……これはまずい。完全に我々の手に余る規模だ」


 俺は短く息を吐き、通信を切り替える。

「母艦のオウルからの報告が入り次第、全隊即座に離脱する! 持ちこたえろ!」


  オウルからの通信が届いたのは、その瞬間だった。


『――隊長、敵数を確認。小型・中型合わせて……三百を超えます』

「なに……!?」


 思わず息が詰まる。

 三百――それは中隊一つどころか、艦隊規模でようやく対処できる数だ。


『母艦も離脱態勢に入っている。だが、この密度では護衛しきれない……!』

「……っ」


 俺は奥歯を噛み締め、乱れ飛ぶセンサーの警告音を遮断する。

 無数のヴォイドビーストの影が、空を黒で塗り潰していた。


 ――その中で。


 一際、異様な気配を放つ巨影が現れた。

 全身を装甲のような殻に覆い、無数の眼孔が赤い光を放つ。まるで虚無そのものが形を取ったような、常識外れの存在。


「……バケモノめ」


 中隊全員の息が、回線越しに凍りつくのが分かった。


 瞬間、その異形が大口を開き、空間そのものを歪めるような咆哮を放った。

 次の刹那――十数機のヴォイドビーストが一瞬で霧散する。


「な……味方を……?」

 その動きに、誰も言葉を失った。

 奴は、群れすらも利用し、蹂躙しながら進んでくる。


 その瞬間、俺は悟った。

 ――これは、勝てない。全員が戦えば全滅だ。


「……中隊全員に伝える」

『……隊長?』

「今すぐ母艦へ帰投しろ」


「隊長! 何を言って――!」ファルコンの声が叫ぶ。

「俺が奴を引き受ける。その間に全員で逃げろ!」


『待ってください! それでは――』

「いいから行け!!!」


 怒鳴るように叫ぶと、回線の向こうで仲間たちの息が詰まる。

 ……それでも、誰一人、すぐには返事をしなかった。


「……俺はレイヴン、この銀河で一番のエースパイロットだ、俺以外にあれと戦える奴はいないさ」


 静かにそう告げると、重い沈黙の後、スワンの声が震えながら返ってきた。

『……必ず、生きて帰ってきて』

「約束はできないな」


 俺は推進を最大まで吹かし、巨影へと突撃した。


 迫り来る異様なヴォイドビースト。その顎が開かれ、空間を喰らわんとする。

「さあ来い……! せめて相打ちだ!!」


 閃光と爆裂が視界を白で塗り潰す。

 衝撃が全身を焼き、機体の警告音が絶叫のように鳴り響く。


 最後に見たのは、仲間たちの機影が光の彼方へ逃れていく姿だった。


 ――ここで、俺の人生は終わった。


 だが。


 気が付けば、眩い光に包まれていた。

 重い装甲の感覚も、振動も、痛みも消えている。


「……ここは……?」


 目を開けると、そこにあったのは戦場ではなかった。

 柔らかな陽光と、見知らぬ天井。

 そして――小さな手が、俺を見下ろしていた。

 

趣味でゆっくり書いていくので、よろしければお付き合いください。

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