第6章:最強への敗北
決勝戦――
ユウトとエリスの《ゼログラヴィティ》は、学園最強とされるチーム《クロノヘリクス》との対戦を迎えていた。
相手のリーダーは、天才にして学園主席、カイ=クロード。
彼の能力は《因果修正》。起こるはずの未来を“書き換える”――ほぼ反則級の力。
観客席では、誰もが《クロノヘリクス》の圧勝を疑わなかった。
「正直、あの無能力者の子が決勝まで来ただけでも奇跡だよ」
「むしろ、ここで現実を思い知らせたほうがいい」
そんな空気の中、ユウトは静かに戦場に立っていた。
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「決勝戦、開始!」
開幕直後。
カイは右手を振るだけで、ユウトの足元が爆発した。
「くっ……!」
(今の……“起こっていない攻撃”が……現実になった?)
彼の能力《因果修正》は、行動する前に結果を決定できる。
つまり、「ユウトがそこに踏み込むと爆発する」と設定すれば、その通りになるのだ。
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「お前の“読み”も、“ゼロの力”も、俺の前では無力だよ」
カイは静かに言う。
「君の戦い方は理解した。“理解できる”限り、因果修正で潰せる」
ユウトは歯を食いしばりながら、周囲の視界を読み取った。
煙幕、障害物、風の流れ……すべてが、予測されている。
未来そのものに手を加える力――それは、ゼロコードでも届かない領域だった。
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「終わりにしよう」
カイが掌を向けると、空間が軋んだ。
(まずい……!)
次の瞬間、エリスが身を投げ出してユウトをかばった。
ドンッ!
爆風が走り、エリスが地面に倒れる。
「……くっ……なぜ……俺なんかを……!」
「君は……無能力者なんかじゃ……ない。私には……わかる……」
血を流しながら、エリスが微笑んだ。
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その瞬間、ユウトの中で、何かが切れた。
頭の奥から響く、耳鳴りにも似た振動。
「――ゼロは、すべての始まり」
脳内に、かつて読んだ文献の言葉がよみがえる。
《ゼロコード最終段階:構造共鳴》
――能力の本質を解体し、“認識”によって上書きする。
(……見える!)
彼の瞳が淡く輝き、カイの“未来設定”の網が、視覚的に浮かび上がった。
糸のように張り巡らされた「因果の線」――
(この線を――切ればいい)
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ユウトは走った。
カイが再び掌を振る。
「意味はない。設定は完了している。お前はその地点で、倒れる」
「だったら――そこを通らなければいい!」
ユウトは全く違う方向へ動き、足元の地形を変化させるスモークと連動起爆。
微細な足場のズレで“設定座標”から数センチ外れた。
ズレた――その瞬間、因果線が空振りする。
「なっ……!」
ユウトはその隙を突き、因果線の起点に仕掛けていたEMP弾を投げつけた。
バシュウッ!
空間が揺れ、因果修正が強制的に“リセット”される。
そして――その隙に、ユウトは訓練用ブレードをカイの胸元へ。
だが……
ピタリ、と止まった。
「判定不能。ユウト、戦闘不能扱い」
ユウトの膝が、崩れた。
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気づけば、彼は地面に倒れていた。
(間に合わなかった……)
あと0.3秒。気づけたが、届かなかった。
敗北――
だが、その瞬間、観客席から誰よりも大きな拍手が沸き上がった。
それは嘲笑ではない。
“認められた”者だけが受け取れる、真正の拍手だった。
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試合後、医務室で目を覚ましたユウトの隣には、傷ついたままのエリスがいた。
「……ごめん。守られてばかりで」
エリスは静かに首を振った。
「あなたは、誰よりも戦ってた。……負けたんじゃない。“追いついた”んだよ、最強に」
その言葉が、ユウトの胸にしみた。