第5章:目覚める力
ユウトとエリスの《ゼログラヴィティ》は、トーナメントで順調に勝ち進んでいた。
無能力者と天才能力者という異色の組み合わせは、学園中の注目を集めていたが――それ以上に、ユウトの「読み」と「仕掛け」の正確さが、徐々に評価され始めていた。
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ある夜、ユウトはひとり、旧図書保管庫で再びゼロコードの文献を読み返していた。
ページをめくるたび、頭の中に“何か”が流れ込んでくる感覚。
理解を超えた情報、映像、構造式……まるで世界の裏側そのもの。
「これは……“感覚”なのか……?」
思考ではなく、**直感でもなく、“認識そのもの”**が変わりつつあった。
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翌日、準決勝戦。
対戦相手は、学園最強と名高い天才・カイン。
能力は「時間加速」。わずか数秒、彼の動きは通常の3倍以上に達する。
エリスがつぶやいた。
「……まずい相手よ。あれは、普通の身体能力では対応できない」
だが、ユウトは目を閉じて呟く。
「……いや。勝てる。“見えた”気がするんだ」
彼の瞳が、一瞬淡く光った。
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「準決勝、第2試合。開始!」
スタートと同時に、カインの身体がかすかに揺らぎ、視界から消える。
「来た……!」
ユウトは足元の地形、周囲の反響、微細な空気の流れ――
あらゆる情報から、彼の“動線”を読んだ。
「重力場、5度右へ傾斜!」
「了解!」
エリスの重力制御が展開されると同時に、ユウトは電磁反応スモークを起動。
爆音と閃光が走る。
その中から、カインの姿がふらついて現れた。
「……なぜ……位置が読めた……?」
「見えるんだ、“時間の歪み”が」
ユウトの視界には、カインが高速移動する軌跡が、うねる光の線として映っていた。
まるで時間そのものが“物理的な流れ”として可視化されているかのように。
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カインが顔をしかめる。
「貴様……! 無能力者のはずだろ!」
「そうだよ。だからこそ、“能力に頼らない目”がある」
ユウトが一歩踏み出した瞬間、再び“読み”が発動した。
左斜め後方、0.8秒後に衝撃。風圧。拳の軌道。
全てが、頭ではなく本能の奥から浮かび上がる。
彼は自然に身をひねり、カウンターの一撃を放った。
ドガッ!
カインの身体が吹き飛ぶ。
「判定、ゼログラヴィティ、勝利!」
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観客席からは、どよめきではなく、沈黙が流れた。
そして、その静けさの中で、ひとりの教官が呟いた。
「まさか……あれが《ゼロ視覚》か……?」
その言葉の意味を知る者は、まだほとんどいなかった。
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控室に戻ったユウトは、エリスに問いかけた。
「……これが、ゼロコードの力……なのか?」
エリスは頷いた。
「“能力に縛られない者”だけが見える、力の根源。その一つが“視る力”――ゼロビジョン。あなたは今、それに触れ始めている」
ユウトは拳を握った。
「俺は……証明してみせる。無能力者だって、ここで生きていけるってことを」
それは、無力だった少年の、最初の反逆だった。