第2章:ゼロコードの謎
翌朝、ユウトは痛む体を引きずりながら教室へ向かった。
周囲の生徒たちは、彼を見て口元を歪め、嘲笑を浮かべる。
「まだ来てるんだ、無能力のくせに」
「早く脱落すればいいのに。見てるこっちが恥ずかしいよね」
彼らの視線がナイフのように突き刺さる。
だがユウトは、昨日の文書が書かれた紙をポケットに忍ばせ、無言で自分の席へと座った。
その時だった。教室の扉が静かに開き、1人の少女が入ってくる。
「おはよう」
澄んだ声と共に現れたのは、銀髪の少女――エリス。
クラスでも一目置かれる存在であり、能力《重力操作》の使い手。
それ以上に、彼女は“誰にも媚びない”という噂の通り、特定の集団には属していなかった。
「君、大丈夫だった?」
エリスがユウトの前に立ち、顔を覗き込む。
「……ああ、まあね」
教室が一瞬静まり返る。
“あのエリスが、無能力者に話しかけた”。
「昨日、君が図書室で見つけた文書。あれ、見たことある」
彼女は小声で囁いた。「……それ、多分、本物だよ。伝説の《ゼロコード》」
ユウトの目がわずかに見開かれる。
「知ってるのか……?」
「ほんの少しだけね。でも、その紙、学校じゃ読めない。文字が“遮断”されてる。コード保持者には見えない構造になってるの。見えたのは……君がゼロだから」
「……“ゼロ”ってのは、やっぱり“無能”って意味か」
「いいえ、違う。“ゼロ”は、制限のない状態。誰からも与えられていない、だからこそ、何にでもなれる。白紙。自由。無限。私の知る限り、過去に1人だけいた。“能力がないまま、世界を変えた存在”。それが《ゼロ》」
ユウトの中に、確かな火が灯る。
自分は、ただの劣等者ではないかもしれない。
⸻
その日の放課後。ユウトはエリスに連れられ、旧校舎の裏へと足を運ぶ。
そこには、朽ちた図書保管庫がひっそりと建っていた。
セキュリティは解除されており、中には無数の古文書と紙媒体の記録が並んでいる。
エリスは言った。
「ここに、ゼロコードの原典があるかもしれない」
2人で探し始めてしばらく経った頃――
ユウトの手が、埃にまみれた黒革の本を掴んだ。
『ゼロ・オリジン:能力発現前史』――そう書かれていた。
彼が開いたそのページには、こう綴られていた。
> 《コードのない者は、能力に抗わぬ。
> よって、能力の「原理」を知ることができる。
> ゼロとは、拒絶されたものではなく、根源にして解放である。》
その瞬間、ユウトの頭の中に――“流れ込む”ような感覚が走った。
世界の理。力の構造。
まるで、情報が網のように繋がっていく。理解ではなく“感じ取る”感覚。
「……これは……!」
彼の瞳が淡く青白く光る。
それは、能力を持たぬ者だけに許された新たな可能性――
“ゼロコード”が、その片鱗を見せた瞬間だった。