アイソセレスのたくらみ
ちょっと不思議な三角関係?の話。
大好きな二人の隣にいられるだけで幸せだった。
「見て。ポーラー兄妹よ」
廊下ですれ違った生徒の声が不意に耳に入り、ついつられて見てしまった窓の外。中庭には仲良く連れ立って歩く二人の男女がいた。ライル・ポーラーとサナ・ポーラー、この魔法学校で一番の有名人と言っても過言ではない双子の兄妹だ。
ポーラー家は先祖代々の名家で何人もの有名で偉大な魔法使いを輩出してきた。ライルとサナもそれに違わず、学生の身分にも関わらず優秀な魔法の使い手として注目されていた。氷魔法を得意とする兄のライルと、風魔法が得意な妹のサナ。二人が力を合わせれば街一つ覆い隠せるくらいのブリザードを起こすことだってできる。それくらい強い魔力と完璧な制御力を持った兄妹は、その能力だけでなく見た目も人を惹きつける美貌を持っていた。お揃いのプラチナブロンドと神秘的なグレーの瞳、一人でも麗しいが二人並んだ姿は絵画にも劣らぬ美しさだった。そんな才能あふれる美しい二人はそれはそれはもう、ものすごくモテた。どちらにもファンクラブがあるうえに二人セットのファンクラブもあるらしく、そのどれも百人二百人の会員がいるらしい。実態を見たことがないので本当のところはわからないが。
ちなみにサナ個人のファンクラブは会員番号二番から始まっているそうだ。なぜかって? 誰も勝てないTOがいるからだ。それこそが…
「サナ、足元に段差がある。手を貸して」
兄のライル、その人だ。
「はいはい」
にっこりと笑い合って手を取り合って歩く姿は兄妹よりもカップルと言った方がしっくりくる。それくらいこの二人の触れ合いは日常だったし、絵になっていた。
「ド」が何個もつくほどの超シスコンであるライルはサナのことをそれはもう可愛がっていた。まさしく溺れるほどの愛、溺愛とはこのことか、というほど過保護で、生まれた時から今の今までライルとサナはいつも隣同士でいつでも一緒だった。
恋心下心を持ってサナに近づこうものならすぐさまライルに一蹴されるし、逆にライルにお近づきになろうとサナを利用しようとすれば彼のお得意の氷魔法と同じくらい冷たい視線で排除される。ライルが認めたほんの一握りの人だけがサナの、そしてライルの友人として側にいることを許される。そんなわけで二人は大概二人きりで、他のものは遠巻きに二人を眺め、崇め、いつからかファンクラブがひっそり作られるまでになったのだ。
どこにいても目立つ二人だなとそのままぼんやり眺めていると、ふと顔を上げたサナとばっちり目が合ってしまった。ぎくりと体が震えた時にはもう遅い。満面の笑みを浮かべたサナに手を振られ、それに気づいたライルもこちらを見上げて、そして眉間に深い深い皺を作った。苦笑いを浮かべながらサナに手を振りかえし、ハナはそっと窓から離れた。
ハナ・アジェルはポーラー兄妹の数少ない友人の一人だった。そういうとなんだか特別のようだけど、なんてことはない、ただ幼い頃からの知り合いという腐れ縁なだけなのだ。
ハナは七歳の時に田舎から引っ越してきた。道を挟んでお向かいのお屋敷に住んでいたのがポーラー家だった。当時はまだ学校にも通っていない頃、利権や肩書きに寄ってくるような人があまり多くなかったからこそ、ハナはすんなりと二人の友人枠に入り込めたのだと思っている。
『わたしサナ! あなたはハナっていうの? わたしたち名前がそっくりね』
初めて会った日、サナはそう言ってにっこり笑ってハナの手を取ってくれた。身内は男の子ばかりで女の子の友達がずっとほしかったのだとすごく歓迎してくれた。そのとてもかわいい笑顔に、同性ながらハナはどぎまぎしてしまったことを覚えている。そしてそんなハナを見て警戒するようにぐっと睨みを利かせてきたライルのことも、十年経った今でもよくよく、覚えている。
(サナが私を友達だと思ってくれているから一緒にいられるだけで、ライルは私を友達とは思っていない)
初めましてで睨まれて以降も、ライルはハナにどこか一線引いた態度のままだった。話しかけても一言二言返すだけで会話が弾んだためしがない。サナがハナを誘うから、そして親同士のご近所付き合いの目もあるから、仕方なく一緒にいることを許してくれているだけで、本当はハナのことを疎ましく思っているに違いない。だってライルはハナと目があう度にぎゅっと眉間に皺を寄せて睨みつけてくるのだから。
それならライルを嫌いになれればよかったのに、愚かなことにハナはライルのことが好きだった。いつからそんな風に思うようになったのかは覚えていないが、いつの間にか、賢くて妹に優しくて誰よりかっこいい幼馴染を男の子として慕っていた。
いつも睨んでくるけど、困ったときは手を貸してくれるし、課題に詰まっていればどの科目だろうと教えてくれる。いつもそっけないけど、ハナのことは一人の友達として丁重に扱ってくれる、サナのついでだったけど、態度の悪い男の子に絡まれていた時には助けてくれた。
一つひとつは小さなくだらないことでも、ハナにとっては大事な思い出で宝物だった。だからそれ以上は多く望むまいとも思っていた。今より一歩踏み込めば間違いなくライルはハナを心底軽蔑して突き放してくるだろうと予想ができるからだ。
ライルはサナ以上に自分に恋心や下心を持って近づく人を嫌った。勇気を出して告白をしてきた女の子をこっぴどく振って大泣きさせることも一度や二度じゃなかった。近くにいればそういうのも近くで感じることになる、彼女たちの二の舞になって、この奇跡みたいなポジションを自分から手放す気はなかった。
(彼とどうにかなりたいわけじゃない。ライルのことを、ライルとサナが二人で仲良くしているところを一番近くで見ていられたら、それだけでいいの)
自分に言い聞かせるようにそう思っても、心の奥底では何かが「嘘つき」とハナを断じる。そんな声には気が付かないふりをして、今日もハナは無害を装って二人の隣に立つのだ。
「…サナ、今誰に手を振ったんだ」
ハナが立ち去った廊下を見上げながらライルが小さく問いかけた。
周りには知られていないがライルはとんでもない近眼で、眼鏡をかけないとほんの一メートル先でもピントが合わない。だが重たい瓶底眼鏡は普段使いには向いておらず、座学や本を読むときくらいしか使わないため普段は睨んだような顔で過ごしている。いつもサナの隣に寄り添い、ことあるごとに手を取るのはエスコートのためではなく自分が転ばないように妹に頼っているだけという事は、幼馴染であるハナも知らないことだ。出会った時からずっとライルが徹底的に隠しているからだ。
サナはさっきまでのニコニコした笑顔を引っ込めて答える。
「ハナだよ。二階の廊下からこっち見てたの」
「なんだと!? なんでこの時間にあんなところにハナがいるんだ! 木曜日の三限目は薬学調合の授業で地下Bの教室にいるはずだろう!」
サナの答えに気色ばった声を上げたライルはがさがさと手帳を取り出して中を確認する。手帳には自分の時間割とサナの時間割、そしてハナの時間割までもがびっちりと書き込みがしてある。手帳にくっつくほど近づいて授業変更なんて聞いていないとぶつぶつと独り言を繰り返している兄の姿に、サナははぁとため息をつく他ない。
「私の分はいいけどさ、ハナの時間割まで把握するのはやめたら?」
「いいだろ別に。予定を把握しておけば有事の際に対処できるじゃないか。ハナにもしものことがあったらどうするんだ。くそ、いつの間に授業が変更になったんだ…」
「どうもこうもないでしょ、ハナにバレて嫌われても知らないからね。ちなみに今日は先生が研究会に出席する関係で自習になったんだって。図書室にでも行ってたんじゃない?」
まったくストーカーじゃあるまいし、とつぶやくサナはもう一つため息をついてとっくに姿の見えなくなった親友を想った。自分の兄ながら、厄介なのに好かれちゃったなと。
ハナのライルに対する認識は一つだけ間違っていた。ライルが超の付くシスコンでサナを溺愛していることも自分たちにむやみに近づく人を厭うのも間違いではないが、ハナを疎んでいるというのは完全なる間違いで、むしろ真逆だった。ライルはサナに負けず劣らずハナのことも溺愛していたし、女性として愛していた。
最初は確かにサナに悪意を持っていないかと警戒していたのは間違いない。兄妹と言えどライルの隣にいつもいるサナに嫉妬する子はかなりの数いたし、それは幼い頃からそうだった。だからこそ最初はしっかり見極めないとと意識していたが、少しずつ共に過ごすようになりそんな警戒心はすっかりなくなってしまった。
ハナは初めて会った時から今までずっと大人しく、思慮深く、思いやりのある賢い女の子だった。押しの強いサナに圧倒されながらも抑えるべきところはきちんと抑え、時にはサナを引っ張ることもある。そして何よりサナを踏み台にライルに近づこうとしなかった。なんだ、いい子じゃないかと自覚した頃にはすっかりハナを友人として受け入れていて、サナにするようにハナが困っていれば助けたいし、一緒に遊びたいし、自分以外の誰かが近づけば警戒した。格好悪い瓶底眼鏡姿は見せたくなくて必死に隠したしサナにも口止めをした。
そんな風に身も心もすっかりハナの存在を受け入れて大事だと思うようになったころ、妹が増えたようだとサナにこぼせば呆れたような顔をされた。
「本当にハナを私と同じように思っているの?」
最初にそう聞かれた時は何を言っているのかと思ったし、当然そうだと答えた。その答えが違うのだとわかったのは15歳で魔法学校に入学した時だった。
魔法学校は国中から生徒が集まる。これまでとは比べ物にならないくらい交友関係が広がって、その中にはハナに心無い感情をぶつける人が信じられないくらいたくさんいた。
これまでライルは、自分やサナに近づくためにその隣にいる相方を追いやろうとする下心を持った人はたくさん相手をしてきた。しかし学校では自分たち兄妹の間に入るのではなく、自分たちと一緒にいるハナを追いやろうとする人間の方が圧倒的に多かったのだ。輪をかけてショックだったのはそんな有象無象のやっかみを真に受けてハナが距離を取ろうとしてきたことだった。
「二人と同じ授業は取れないよ」
新入生のオリエンテーリング期間が終わった後に時間割を決めようと声をかけた時、さも当然のように言われてショックのあまり声も出なかった。七歳で出会ってから八年間、ずっと三人でいたというのに。突然告げられた決別はまさに青天の霹靂だった。
「どうして? 学校でもハナと一緒がいいよ」
そう感じたのはサナも同じで、甘えるようにハナにすがって見せるも、ハナは困ったように笑うだけだった。
「だって二人が取るのは実践魔法の講義がほとんどでしょう? 私にはついていけないよ」
魔法には個人や家系の属性によって得手不得手がある。ポーラー家は実践式の魔法、杖や詠唱によって事象を繰り出す実践魔法に長けていたが、ハナのアジェル家はその逆で魔法薬やポーションの調合、その材料の栽培といった魔法そのものを支える基礎魔法学を得意としていた。もちろん学校で就学する以上、ハナも実践魔法の基礎は学ぶが、それ以上の応用や発展までは履修しないつもりらしい。反対にポーラー家の者としてすでに基礎の実践魔法は押さえているライルたちは最初からより高度な応用の講義を受けるつもりでいたのだ。
「…難しいところは教えてやる」
「二人の勉強の足引っ張ったりできないよ。そんなことしたら誰に何を言われるか」
自分たちの誘いよりも見知らぬ誰かを気にするのかと思うと無性に腹が立った。一緒にいたいと思っているのは自分たちだけなのかと思うと絶望するくらい悲しかった。
「学校でもハナと一緒にいたいわ」
「休み時間は一緒にいれるでしょ? ランチは一緒に食べよう。それに魔法以外の綴りの授業や外国語の授業は一緒に受けられるよ」
そんな授業、週に何回もないじゃないかという言葉がのどまで出かかった。
「ハナは私たちと一緒じゃなくてさみしくないの?」
「もう子供じゃないんだから大丈夫よ」
じゃあこんなにも寂しい自分は何なんだと思って、そこでようやく自分のそばにハナがいないことを許容できなくなくなっていることを自覚した。
大事な妹のサナを想う気持ちは家族愛だ。血を分けて共に生まれた無二の片割れ、別れることなどありえない。でもハナは?
家族でもない彼女とずっと一緒にいることはできないし、彼女の進む道を拒むことなどできない。そんな権利はない。家族だから側にいて、兄妹だから隣にいるなんて、そんなことを強いれない。ハナは、妹などではない。
そう気づいてからの二年間はひどかった。授業選択が分かれることはどうしようもなかったが、自分たちと離れている間にハナによからぬ誰かが近づいているのではないかと思うと気が気ではなかった。時間割をすべて把握し、自分の講義の範囲外であってもハナが困っていれば教えられるようにあらゆる科目の自習をした。サナがハナと過ごす時はあれこれ言い訳をして常に二人の側にいたし、どの授業に誰がいるのかも徹底して調べ、不穏な動きをするやつは(自分に近づこうとハナを利用せんとする女も、ハナ自身に好意を持ち近づこうとする男も)事前に芽を摘むように動き回った。
サナはライルの行動に呆れはしていたものの、強く止めることはしなかった。サナも大事な幼馴染で親友が自分の知らぬところで悲しんだり、あるいは自分より仲のいい存在を作るようなことは嫌だと思っていたからだ。
「入学する前にライルがさっさとハナを捕まえていればよかったのに! いつもむっつり睨んでばかりで気の利いた話の一つもしないんだから」
「に、睨んでない! 眼鏡がないとよく見えないからピントを合わせるために目に力を入れてるだけで…見ることに集中すると話がうまくできないんだ」
「ダサい瓶底眼鏡姿を見せたくないからってかっこつけたりするのが悪いんでしょ。顔につられる他の女の子のことはいつもぼろくそいう癖に」
「それは、そうだが…ハナには少しでもかっこいいと思ってもらいたいだろ」
「うかうかしてて万が一別の男の子にハナを取られたりでもしたら絶対許さないからね」
「…わかってる。そんな事想像するだけで気が狂いそうだ」
兄妹お揃いのグレーの瞳が怪しげに光る。
魔法学校の卒業まであと一年、卒業後は魔塔に就職したり個人で開業したり、魔法使いの進路は様々だ。学校という箱庭を飛び出してしまったら今度こそハナは手の届かないところに行ってしまうかもしれない。そんなことは耐えられない。残された時間はあと一年、いい加減本気を出さなくては。
重く深い双子の愛に挟まれた、平凡少女の未来はどっちだ。
「アイソセレス」は二等辺三角形という意味です。
無自覚愛され?っぽい話のさわりが書きたかっただけで特に続きはありません。




