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【9】



「あの、麻里奈さんは危険な薬を開発しているみたいですが。天馬さんは何の研究をしているんですか?」


「危険な薬……か。ここで作られている薬に、本当の意味で安全なものなどない。たとえそれが解毒剤だったとしてもな」


「つまり天馬さんも危険な薬を作っているんですね」


「……〝さん〟付けで呼ばなくていい。敬語も不要だ」


 友人感覚で接するなんて無理――いや、きちんと従った方がいいだろう。こうした些細な部分においても、私が指示どおりに動くか否か試されているかもしれない。


「この作業が終わったら休憩を取れ。食堂に行って飯を食うなり部屋で休むなり好きにしろ。次の指示はまた俺から出す」


「……分かった」


 彼は頷き、研究室から出ていった。


 パソコンのディスプレイには報告書のサンプルデータが写し出されている。日本語版と英語版、両方作成しなければならないようだ。翻訳アプリも立ち上げられている。ここの研究は海外へ向けて行われているのだろうか。


 それにしても迂闊だった。

 見られたのが天馬だったおかげで難を逃れたが、麻里奈だったら何をされていたか分からない。慎重に行動しなければ。小さく溜め息をつき、パソコンに向かった。




 作業を終えたのは午後一時前。

 次は休憩するよう言われている。


 昼食を食べに食堂へ向かったが、天馬も麻里奈もいなかった。それほど食欲はないため、軽めに済まそうとサンドウィッチを注文。


 食べ終えると食器を片付け、食堂を出た。廊下は不気味なほど静まり返っている。その静寂を壊すようにドアの開く音が響いた。入ったことのない部屋から天馬が出てくる。


「休憩は取ったのか?」


「……えぇ。ちょうど今、食事を済ませてきたところ」


「では次の指示を出す。付いてこい」


 廊下に並ぶドアを歩きながら見ていく。ドアの札には《研究室D》《研究室E》などと書かれているだけで、中でどんなことが行われているのか全く分からない。


「他の部屋ではどんな研究をしているの?」


夏希(・・)には関係ない」


 私のことを〝お前〟と言っていた彼が名前を呼んだ。私が働きやすいよう、多少なりとも距離を縮めようとしてくれている……と考えるのは楽観的すぎるだろうか。とはいえ研究や組織について教えるつもりはないのだろう。


 いつもの部屋の前に着く。

 ここは《研究室A》だ。

《研究室A》へ入ると、次の仕事の説明を受けた。


 パソコンに向かって作業開始。

 天馬は中央の広いテーブルで、山積みのファイルから一つを開き眺めている。時折り横目で窺ってみたものの、ファイルの中に何が挟まっているかまで見ることはできない。


 しばらくパソコンへ向かっていると目に疲れを感じた。普段は眼精疲労用の目薬を使用しているため、乾きを潤すこともできない現状は辛い。


 目を休ませるついでに天馬の方を向く。彼は相変わらずファイルを開いては閉じ、時々何かを書き込む作業を繰り返していた。


 今まできちんと天馬の顔を見ていなかったが……改めて見ると端正な顔立ちをしている。白い肌、さらさらと艶のある黒髪。瞳は瑞々しい巨峰を彷彿させるような、濃い紫色。カラーコンタクトをしているのだろう。


 私の視線に気付いたのか、彼が手を止めた。


「何か分からないことでも?」


「いえ、その……ちょっと眼精疲労が。ごめんなさい、すぐ再開する」


「適当に休憩を挟めばいい。無理をして使い物にならなくなる方が面倒だ」


「……あなたは乾燥して辛いとかない? カラコンだよね?」


「昔からしつこいほど同じ質問をされてきたが、レンズの類はしたことがない。裸眼だ」


「え……珍しいね。もしかして異国の血が入ってる? 紫色の瞳が主体の国は聞いたことがないけど」


「典型的な理系人間の(サガ)といったところか。休憩がてら少し昔話をしてやる」


 天馬が電気ケトルの前に立つ。私の質問がきっかけになってしまったから手伝うべきかもしれない。そう考え彼の隣へ歩み寄った。台の上にはコーヒーの粉や紅茶パックの入った缶が並んでいる。


「俺は家系の中で一人だけ風変りな瞳の色をしていた。おそらく突然変異だろう。昔は『どちらかの親が違うのではないか』と思ったし、父親も『他の男の子供じゃないか』と疑ったらしい。俺が幼い頃DNA鑑定をしたと聞いた。結果両親の子で間違いなかったんだが……その頃は父親が怒り狂っていたと、母親から聞かされた」


 虹彩の色は遺伝性の身体的特徴だ。

 疑念を抱く気持ちは理解できる。



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